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結局人がちらほらいる売店前の広場が見えるところまで晶を背負って来て、売店でお土産を買って昼過ぎに牧場を後にした。
「エアコン涼しい!でも汗かいてるし風邪ひきそうだよね。」
「エアコン切って窓開ける?」
「いや、暑い。エアコン弱くしよ?」
案の定全身汗だくでペタペタしていて。
真っ直ぐ帰る選択肢もあったけど、せっかくだからアウトレットにも寄ろうと言う話になった。
お昼を食べて、着替えを調達して、新生活に使える物があればそれも買って。
とりあえずは人がどのくらいいるかによるが、寄ってみようと。
案の定人は疎らで、これくらいなら何とか買い物も出来そうな感じ。
片手で食べられるホットドックで軽く腹を満たしてまずは端から店を眺めて行く。
「汗でペタペタだからサラッと着れるやつがいい。あ、このワンピースにしよっかな。」
「えっ?スカートにすんの?」
「着替えるの楽じゃん。」
「スカートにするならロング丈にしてよ。」
「ロングスカートって熱が籠るからパンツより暑いんだって。」
正直着替えられれば何だっていいんだけど。
生憎今日はスポーツタイプのサンダルを履いて来てしまった為にキチンとした服が合わない。
本当は小綺麗化計画もあるし、通勤に使える服が買えたらよかったんだけど。
「じゃあこれは?ワイドパンツだし、サロペットだからサラッと着れそう。」
「えー!トイレがめんどくさいからヤダ。」
ある程度、若年層の店を除いて端から店を回るものの、中々2人の意見は交わらない。
短いスカートを履かせたくない琥太郎と、とにかく暑くてベタつくのが嫌で簡単な物を着たい晶と。
「別に後は家に帰るだけだからいいじゃん。」
「じゃあさ、部屋着でワンピース買ってあげるから!今はパンツにしてよ。」
「だから!ワンピースが買いたい訳じゃなくて、今涼しい格好に着替えたいだけ!」
それに琥太郎に買って貰おうなんてサラサラ思ってないし。
コンビニの会計ひとつも払わせたがらないのは知ってるし、収入は琥太郎の方が遥かに高いのは事実だけど。
私だって洋服の一枚や二枚は買える。
「俺このブランド好き。ちょっと見てこ?」
1人だったら絶対に入らないハイブランドの店にも琥太郎は躊躇なく入って行く。
動画撮影の衣装は私服だし、そう言う意味でブランド物の服を着るって言うのは分かるけど。
「そのTシャツいいんじゃない?」
琥太郎が手にしたTシャツをあてがってみる。
チラッと見たお値段は全然かわいくない。
70%オフでその値段かよ!?と突っ込みたくなるけど、まぁ琥太郎は芸能人だし。
「俺これにしようかな。」
「うん。もうここで着替えさせて貰っちゃえば?」
「そうする。」
「私トイレ行って来るから終わったらそこのベンチで待ってて?」
「了解。」
最初は本当にトイレに行くだけのつもりだった。
しかしトイレに入る通路の手前の店で、ショーウィンドウに飾ってあったワンピースが目に入って、思いついた。
今これを買って着替えちゃえば良くない?
何の変哲もない、ストンとしたフォルムで。
襟ぐりも深くないし、背中側に少し切れ込みが入っているだけ。
袖も身ごろに合わせたカットのノースリーブで、多分膝下くらいの長さ。
ゆるっと着るにはちょうどいい。
思いつくままに店に入り、購入と同時にタグを切って貰う。
そのままトイレに入ると同時にさっと着替えを済ませた。
やっぱり正解!大正解!
適度に空気が通り抜けて、籠もっていた熱が解放される。
顔をバシャバシャ洗えたら本当にスッキリするんだろうけど、さすがにそれは出来ないから、キャップを外して髪を無造作に手櫛で整えてお終いにした。
「こっ、トラちゃーん!お待たせ!」
声をかけたのに琥太郎はスルー。
多分意識は手元のスマホに行っている。
仕方なく琥太郎の正面まで行って声をかけた。
「トラちゃん、お待たせ。」
バッと顔を上げた琥太郎が思わずサングラスを取って上から下まで忙しなく視線を彷徨わせているから、とりあえずくるりと回ってポーズを決めてみた。
「お前、トイレって!」
「いや、トイレ行ったよ。でも途中に良さげなやつがあったから買っちゃった!どう?」
黒いワンピースが晶の白い肌を際立たせている。
背中のスリットのせいで、頸から首筋が強調されていて、くるりと回った一瞬しか見えなかったがやたらと目に焼き付いた。
しかし問題はそこじゃない。
チラッと見えた。見逃すはずがない。
「脇からブラジャー見える!あと、サイドにスリット入ってんじゃん!」
「え?ああ、本当だ。」
ヒラヒラのスカートじゃないのにやけに涼しいと思ったらスリットが入ってたのか。
まぁスリットといっても、膝上10cmってとこだし。パンツが見える心配はない。
試着しなかったから多少サイズが合わないのは仕方ないし、ブラジャーは。
「よいしょっと。ほら、これで見えない。」
その場で服の上からブラジャーを下に引っ張って下げた晶に、琥太郎は思わず脱力した。
「お前さー、さすがにもいちょっと恥じらいを持てよ!」
「別に良くない?服直してるようにしか見えないって。さ、行こ!」
着替えが入った荷物を左手に持っているのを確認して、晶はさっと琥太郎の右手の薬指と小指を握る。
露出が多少多くなった故に、多分離れて歩くのは嫌がるだろうし。
かと言って、荷物を持ってあげると言っても聞かないだろうし。
「雑貨屋さんあったでしょ?見に行こ?」
面倒くさい事は違う話題で振り切るのが一番スムーズだと学習した。
琥太郎の希望通りに2人でマグカップを選んで、ついでにスープカップとガラスのピッチャーも買う。
和食器の店で大皿とカレー皿を買って、極め付けに煮込み用の鋳鉄の鍋を買った。
「なんか形から入った感あるけど。」
「いいんじゃない?なんか有名なやつなんでしょ?これ?」
「まぁ確かに。ただ重たいからなぁ。使用頻度低かったらごめん。」
「何で謝るんだよ。別に飯作ってもらう為に一緒に住むんじゃないんだし。」
「え?もしかして、ご飯とか本当は作らなくていい感じ?」
「無理してまではな。晶だって仕事してるんだし。余裕ある時とか、気が向いた時とかに作って貰えれば十分。」
欲を言えば、そりゃあ毎日彼女の作った料理が食べたい。
だけど、普通にフルタイムで働いて、帰宅してから食事の支度をするのは大変だろうし。
何より一緒に夕飯を食べられるかも分からない。
深夜2時、3時に仕事が終わるような日だってあるし、逆に昼過ぎに終わる日もある。
そんな日は俺が簡単な物を作ってもいいし。
何より大切なのは、彼女と共有する時間。
それが料理の為に減るくらいなら、いっそのこと料理なんてしない方がいい。
「トラちゃん荷物一個持つよ。さすがに重たいでしょ?」
「平気。他に見たいところある?」
「うーん。特には。」
「じゃあそろそろ帰るか。暗くなって来たし。」
ちょっと寄るだけのつもりが、結構な長居をしていた事に気付く。
昨日はそんなものどうでも良いと言わんばかりだったのに、いざ選び始めると真剣にあれやこれやを吟味していたせいかもしれない。
俺としては、2人で選んだ物が欲しかっただけで、それがどんな物であるかはあまり重要じゃなかったけど。
彼女はちゃんと用途を考えた上で買うか止めるか決めたい様で。
大した値段でもないし、両方買えば?と何度言ったか分からない。
時間はかかったが彼女がこだわって選んだ物だから、使う前からもう愛着が沸いてるし、多分この先、今日選んだ物を使う度に彼女の真剣な眼差しを思い出すだろう。
「トラちゃん、コーヒーいる?買って来ようか?」
「いや、あそこで買おう。10分くらいで着くから。」
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