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「もっとじっくりする筈だったのに。」
彼女に体重をかけないように倒れ込んで、枕に顔を沈めてそう言えば、クスクスと彼女の小さな笑い声が返って来る。
いつもなら意識を飛ばすか朦朧とするまで攻め立てるのがお約束なのに。
想像すらしていなかった短期決戦に、グッタリとはしながらも意識はハッキリしている様子。
「今日は疲れてるんだからいいじゃん。」
刈り上げたサイドの髪をさわさわと触りながらそう言う彼女は、やはり刈り上げの感触が好きらしい。
いつまでもその短い髪の感触を楽しんでいる。
「ねぇ、リベンジさせて。」
「リベンジって、そう言う問題じゃないでしょ?それにきっともうご飯炊けてるよ。」
確かに風呂から直行してしまったから、空腹と言う訳ではないが小腹は空き始めている。
風呂上がりに何も飲んでいないし、それでなくても今日はよく汗をかいたから水分不足なのは確か。
自分はともかく彼女が体調を崩しかねない。
「何か飲む物持ってくる。」
「いいよ。私も行く。悪いけど着るもの取って。」
今更隠す必要なんてないだろうけど、彼女はぐしゃぐしゃになったバスタオルを手に取り申し訳程度に体を覆う。
「もう一回風呂行く?」
「その手には乗りません。琥太郎行くなら行っといでよ。」
「晶が行かないならいい。つまんないし。」
風呂は諦めてクローゼットから下着を取り出して身に付けると、晶にもTシャツと下着を渡した。
じっと下着を見つめる彼女の視線がチラッとこちらに向けられたから、含みのある笑いを返せば。
タオルを纏った彼女は渡した下着をわざわざ戻して違うものを取り出した。
「念のため!」
せっかく俺のお気に入りだったのに。
今日はやっぱりちゃんと頭が働いてるみたいだ。
まぁ、お気に入りだろうがなかろうがいつもそんなにじっくり見る時間はないのだけど。
「ご飯どれくらい食べる?」
「普通。」
「じゃあ大盛りって事ね。」
少し行儀は悪いけど、今日撮った写真や動画を見ながら並んでお茶漬けをすする。
思い付くままに撮っていたから、カメラロールは今日の写真でいっぱい。
それだけで幸せな気持ちになる。
「なんか消しちゃうの勿体ないな。」
ポツリと呟いた晶の言葉に思わず手を止めた。
「消すつもりなの?」
「何枚かは現像するよ。でも全部は無理でしょ?」
「携帯に残しておけばいいだろ?消す必要ある?容量足りないの?」
「違うって。だって万が一携帯落としたら大変じゃん。」
ロックなんて解除しようと思えば何とでもなるし、こんな写真を誰かに見られたら一発アウト。
そんな危険な事出来ない。
似た様な写真でも、一枚一枚少しずつ表情も違うし、なかなか現像する候補を選びきれないんだけど。
指でスライドさせながら同じ様な写真を何度も行ったり来たりしていると、そっと携帯が取り上げられてしまった。
「現像して飾るやつ選ぼ。」
ローテーブルを少しずらしてスペースを取ると、床にあぐらをかいて座っている琥太郎に抱き込まれた。
「これは?」
朝のSAでの写真。
今見ても間抜けな顔。
「絶対嫌。」
「じゃあこれは?」
琥太郎の携帯には思っていたより遥かに沢山の2人の写真が残っていて、どの写真も最高に楽しそうな笑顔。
「一枚に絞るの難しいよね。」
「一枚じゃなくてもいいよ。アナログにアルバムに貼るっていうのもありだし。」
「アルバムか!そうだね!そうしよう!」
高校生の頃までは沢山の写真を現像してアルバムを作っていた事を思い出す。
使い捨てカメラでわざと画質を落とした写真を撮ったり、スマホの写真をコンビニでシールにして現像したり。
「晶?携帯の写真、消すなんて止めない?
言いたい事は分かるけど、消さないで欲しい。」
ふいに降って来た琥太郎の声。
晶は少しだけ体勢を変えて琥太郎の腕を抱き込み頭を預けた。
指を交差させてそっと手を繋ぐ。
「お昼休みとか、電車の中とか、ふとした時にこっそり見るとかも出来ないじゃん?誰に見られてるか分からないもん。」
「ちょっとくらい平気だよ。俺だって見てるよ?」
「琥太郎の回りは見られても平気じゃん。私は見られても大丈夫じゃないでしょ?
そんなリスキーな事出来ないよ。」
誰が見てるか分からないところで、明らかにプライベートな琥太郎の写真なんて開けない。
忙しかった1ヶ月間、琥太郎と会う代わりにはならないけど、ネット上に上がっている琥太郎の写真を何度も検索した。
どれも勿論琥太郎だし、こんな顔するんだ!と思わず目が釘付けになった写真だって何枚もあった。
でも、何かが違う。
今日の写真はプロのカメラマンが撮った訳じゃないし、ただのスマホのカメラだけど。
いつもの見慣れた琥太郎がちゃんと写し出されてる。
本当は消したくないに決まってる。
だけど、そんな小さな幸せを優先して、もし会う事すら出来ないようななってしまったら?
そんな事になるくらいなら、やっぱり消してしまった方がいい。
写真なんかよりも、一緒にいられる方がずっといい。
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