番外編 くらげ姫の正義感と後悔

5/14
前へ
/538ページ
次へ
「えっ!?ジェリーフィッシュ!?えっ!?東馬って、えっ!?」 勿論琥太郎は変装なんかしていないし、芸能人を見た反応としてはごく普通のリアクションではあった。 だけど知らなかったのだ。 東馬琥太郎という人間がどんな奴なのか。 だから、あっという間に間合いを詰めた大男が眼光鋭く自分を睨みつけている理由も分からないまま。 大男のその手がぐいっと自分の頭を押しのけて、まるで人形を抱えるくらいの軽さで背中の晶を抱き上げたのを呆然と見上げながら、ああ、さっきのあの言葉は自分に向けられた言葉であったのか、と漸く気が付いた。 「あのっ!すみませんでした!晶さん、私の代わりに沢山お酒を飲む羽目になってしまって、」 恐らく今まで全く眼中になかったその存在に琥太郎が気付いて振り返ると、晶の荷物らしき物を抱えた女の子が深々と頭を下げていた。 この男ひとりじゃなかったのか。 その事実に少しだけ頭が回り始めた琥太郎は、小さく息を吐くと何とか表情を繕う。 「何か事情があったのは分かった。だけどこの格好はどんな状況?」 「それは・・・」 説明された内容に、仕方がなかった、と頭では理解するもののどうしても怒りは収まらない。 膝上10cm以上はありそうな上に両側にスリットが入ったコスプレ用のミニスカチャイナドレスなんて、余興だったとしても許される事じゃない。 この衣装を選んだ事にどんな意図が込められているかなんて聞かなくても分かる。 強制された事ではないし、酔って前後不覚だったとしても晶が自ら名乗り出たのなら自己責任と言われても仕方がないのは分かるけれど。 琥太郎は晶を抱き上げる腕にぎゅっと力を込めると、これ以上晶の脚が露出されない様に気を付けながらもう片方の手を差し出した。 「え?」 「それ、晶のですよね?荷物。」 「あっ!はい!」 「ご迷惑おかけしました。」 荷物を受け取り黙礼だけすると琥太郎はボタンを素早く押して到着したエレベーターに無言で乗り込んだ。 細かい事情は分からないけれど、晶が体を張ってこの子を守ろうとした事は事実だから。 ありったけの自制心を掻き集めて、努めて紳士的に振る舞ったつもり。 もし晶を抱えていなかったら事情を聞く前に恐らくあの男を殴り倒していただろう。 このスカートの短さでは確実に晶を背負っていたあの男は晶の脚にガッツリ触れていただろうし。 どんな事情があろうともそんな事到底許せる様な事ではないから。 当の本人は静かだと思ったらこの短い間にさっさと眠りに落ちていた。 当然晶にも言いたい事は山ほどあるけれど、今無理矢理起こして説教したところで明日には覚えてもいないだろう。 腹が立っているのは確かだし、めちゃくちゃモヤモヤするし、イライラもしてるはずなのに晶の幸せそうな寝顔を見たら条件反射的に頬が緩んでしまうのはもう自分ではどうする事も出来ないから。 仕方なくそのままそっとベッドへ運ぶしかなかった。 いつも車で出かけるから、外で一緒に飲むチャンスなんて無いにも等しくて。 だからウキウキしながらこのホテルのラウンジバーを含め徒歩圏内のちょっと雰囲気の良い店を色々な妄想をしつつアレコレと探して。 もしかしたら早めに終わるかも?なんてある訳もない期待を持ちつつ晶からの連絡を今か今かと待っていたのに、案の定晶からの連絡はホテルへの到着を知らせるメッセージ以降パタリと途絶えたまま。 それでも約束の時間まではと時計を睨み付けながら待ち続けた。 分かってはいたけど。 電話をいくら鳴らしても応答しない晶。 会場の場所は分かっているし何度も直接乗り込もうかと思ったけれど晶の立場と芸能人である自分の置かれた立場を考えて必死に我慢した。 だからやっと電話が繋がった時には部屋で待つなんて選択肢はもう残っていなくて、気が付けば居場所を聞きながらルームキーだけを持って部屋を飛び出していた。 電話の声と話し方で晶が相当酔っている事は分かった。 晶は自分の居場所さえ正確に把握出来ていない。 あんなに楽しみにしていたデートの事など一瞬でどうでも良くなった。 とにかく早く晶を回収しないとマズイ。 颯太に絡んだ過去の出来事が頭に過ぎる。 そんな時だった。 4階の宴会場エントランスにいます、と。 少し遠い声ではあったけど、それは間違いなく男の声。 あの晶の様子から考えると、この男が晶を介抱している状況である事は間違いない。 一瞬にして頭に血が上る。 晶に肩を貸す男の姿を想像したら、もう何も考えられなくなった。 エレベーターの扉がゆっくり開く時間ももどかしくて、その扉をこじ開けるようにフロアへ飛び出てみれば。 予想よりも遥かに最悪な事態に眩暈すら覚えた。 しかも、だ。 強引に引き剥がした晶は夕方ビデオ通話で話した時とは全く違う服装に身を包み、かなり際どいラインまで大胆に脚を露出していた。 やっぱり行かせるんじゃなかった。 何故こんな事になったのかなんて知らないし、知りたくも無い。 結局は晶を行かせた自分が甘かった、そう結論付けるしか自分を納得させる術はなかった。 この安っぽいコスプレ衣装も。 もし2人だけの時に晶が着てくれていたのなら。 きっと最高の夜になったに違いないのに。 一体どれだけの奴がこの姿を見たのか。 考えただけでも吐き気がする。 苛立ちと後悔は熱いシャワーを浴びたくらいじゃやり過ごせる筈もない。 それに初めて見る晶のコスプレ姿に、こんな状況であるにも関わらずしっかり興奮している自分がいる。 どう考えても眠れる様な状況ではない。 琥太郎はベッドサイドの椅子に腰掛けて、幸せそうに眠る晶の寝顔と寝乱れて余計に欲情的なその姿をじっと見つめたまま一晩を過ごす事となった。
/538ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1934人が本棚に入れています
本棚に追加