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「晶?起きられる?」
ぐったりと横たわったまま薄っすらと目を開けた晶に気が付いて、頬にかかった髪をそっと直してやる。
晶は虚なまま二、三度瞬きすると、恨めしそうな顔で覗き込む琥太郎を見上げた。
「ごめん。ちょっと無理させちゃったな。」
ちょっと?今、ちょっとって言いました!?
今何時だと思ってんだよ!!!
もう夜だぞ!?
琥太郎は確か昨夜徹夜してる筈。
お前どんだけ体力あるんだよ!
そんな体力お化けに一般人が付き合える筈がないじゃん!!!
「無理に起きなくてもいいんだけどさ、流石に腹減らない?」
「減ってるに決まってる。」
「何か食いたいもんある?頼むか、買って来るでもいいし。」
「家にある物でいいよ。」
とりあえず何かをお腹に入れられればいい。
お腹いっぱい食べる時間じゃないし、いくら体力お化けとは言え多忙を極める琥太郎を早く休ませなきゃいけないし。
冷蔵庫に何か入ってたかな。
冷凍うどんがあるかも。
だけど体が動かない。
お腹が空いてるって言うのもあるけど、もう体中バキバキだし、喉も痛いし。
そんな事を考えていると、いつの間にか隣からいなくなっていた琥太郎が見覚えのある紙袋片手に戻って来た。
「腹にたまるか微妙だけど。」
そう言って紙袋から取り出した化粧箱には濃紺のリボンがかけられていて、シュルリとそれを解く指先を晶はぼんやりと眺めていた。
「あの時間じゃモーニングはもう終わっちゃっててさ、アフタヌーンティー用しか頼めなかったんだけど。」
「ん!?」
琥太郎の言葉に反応して晶が目線を上げると、琥太郎は横たわる晶が見やすいようにその箱の蓋をそっと外した。
「えっ・・なにこれ・・可愛すぎる・・・」
繰り出し式の二段の箱に詰められていたのは、フィンガーサンドやスコーン、プチケーキや焼き菓子。
見るからに美しく、そして美味しそう。
急にお腹がキュルキュルと動き出して口の中にジワリと唾液が溜まる。
「サンドイッチ小さっ!これじゃやっぱりダメか。」
晶は箱をしまおうとする琥太郎の手を咄嗟に掴んで叫んだ。
「食べる!絶対食べる!」
「え?そんなに腹減ってたの!?だったら余計にこれじゃ腹に溜まんないだろ?」
「琥太郎起こして!手ぇ引っ張って!」
「えっ?平気?無理すんなよ。俺何か食う物買って来るからさ、それまでは、」
「お腹に溜まればいいんでしょ?冷凍うどんあるから!琥太郎はそれで良いよね?」
「俺は何でもいいけど。」
「ちゃちゃっと作るから。出汁うどんでいい?葱と卵だけの。好きだよね?」
「好きだけど、え?晶が作るの?」
「作るからその間にシャワー行って来て。」
「起き上がれるの?無理すんなよ。」
「起きてみなきゃ分かんない!でも私はそれ食べたいから起きる!」
「えぇ?」
プルプルしながら手を伸ばす晶をそっと抱き上げて、ゆっくりベッドサイドに座らせる。
琥太郎に掴まりながらヨロヨロと立ち上がった晶はフラリフラリと歩き出した。
「ちょ!危ないって!」
「平気だから風呂!早く行って!」
「お前は?」
「食べたら入る。」
「危ないって!そんなヨタヨタしてて風呂場でコケたらどうすんだよ!」
「大丈夫。良いから琥太郎は早く食べて早く寝て。さすがに二徹はマズイし稽古で怪我するよ。」
「やだ。一緒じゃなきゃ入んない。」
よたよたとキッチンに向かう晶を捕まえてピッタリと背後にくっ付いたら最後。
危ないから支えてるの!なんて一応の大義名分を主張しながら、動き辛いと晶が何度も振り解こうとしても腰に回ったその腕が離れる事はなかった。
琥太郎の腕が晶から離れたのは、ダシの素で作っただし汁に冷凍うどんと卵とネギ、それから少しのごま油を浮かべただけの簡素なうどん。
それを啜る僅か5分足らずの時間だけ。
あっという間に完食してサッと食器を下げると、琥太郎は再びべっとりと晶の背中に張り付きそれからはもう何を言っても何をしてもその腕が晶を解放する事はなかった。
せっかくのアフタヌーンティーセット。
ゆっくり楽しめたらどんなに良かっただろう。
背中から離れない大型犬の背後霊があれこれ世話を焼いてくれるけど、ハッキリ言ってありがた迷惑でしかない。
だけど昨日の自分の行いを考えたら当然ながら強くも言えなくて。
口元に差し出されたバタークリームをたっぷり乗せたスコーンを咀嚼しながら、大きなため息をそれと共に飲み込んだ。
当然グッタリと疲れてベッドに傾れ込んでも依然大男が晶を離す気配もなくて、漸く独り身となれた翌日。
出勤してみれば職場ではあの余興の話で持ちきりで。
名前も知らない人にまで声をかけられる始末。
そして晶は固く固く心に誓った。
もう絶対に!絶対に!金輪際絶対にお酒は飲まない!何があっても絶対に!
禁酒を固く誓ったくらげ姫が本当に禁酒できるかどうか。
その結果はあちらのお話でまた。
くらげ姫の正義と後悔 終わり
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