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朝イチから始まった通し稽古1本目を終えて、大きく息をつきながら腰掛ける。
視界に入ったスマホを無意識のうちに手に取った。
休憩や待ち時間に位置情報アプリを立ち上げるのはもはや癖みたいなもので、普段日中晶が役所にいる時でもそれは変わらない。
今日は母親と出かけるとは聞いていたが、どこへ行くとは聞いていなかったし、アプリを立ち上げると晶の居場所を無造作にズームした。
「水天宮?神社か?」
晶のアイコンが止まっていたのは都内の神社で、何故そんなところに?と思わなかった訳ではない。
ただ、来週に迫る舞台の事がふと頭に過ぎって、何故だか分からないが勝手に思い込んでしまった。
舞台の成功を祈願しに行ってくれたんだ、と。
ニヤニヤしながらスマホを見入る琥太郎を、また軍曹か!とメンバーやスタッフが冷やかすから。
違うよ!なんて言いながらスマホをしまって。
上機嫌のまま通し稽古のダメ出し会議へ。
朝あれだけしつこく聞いたのに曖昧にしか答えなかったのはそう言う訳だったのか。
晶が面と向かって舞台の成功祈願に行って来るなんて絶対に言わない性格なのは自分が一番良く知っている。
普段から仕事の事には一切口出ししないし、細かい事を聞かれる事もないけれど。
確かに帰る時間や仕事の内容に合わせて食事を用意してくれたり、ハードな稽古が始まってからは薬用の入浴剤を用意してくれたり。
口には出さないけど晶はいつも俺のことを第一に考えてくれてる。
やべぇ。俺めちゃくちゃ愛されててるじゃん。
「琥太郎!琥太郎聞いてるか!?」
「え?はい。聞いてます。」
「全員のとこ、オープニングとエンディングも含めてネクストの立ち位置確認して、奥にもう一列作るか。一段上げるか。」
「あぁ、はい。袖に被るか微妙な場所っすね。」
「そ。なるべく全員目立たせてやりたいから。」
「後は各演目の細かいとこチェックしてやって、修正終わらせてから昼休憩。」
「うぃす。」
ニヘラニヘラしていた表情を一気に引き締めて頭を瞬時に仕事モードへ戻す。
だって今日は絶対に早く帰りたい!
べったりくっついて、イチャイチャして。
今日何してたの?って。
晶をぐずぐずに溶かしながらめちゃくちゃ甘い尋問タイムが待ってるんだから!!!
俺の事そんなに気にしてくれてるの?って耳元で囁いて。
そしたら晶は絶対に耳まで真っ赤にして照れまくるに決まってるし。
照れた晶はむちゃくちゃ可愛いに決まってるし。
そんな晶を見たらもう絶対に盛り上がるに決まってるし!!!
もう1分1秒でも早く帰らなきゃ!
「ネクスト全員!オープニングの立ち位置に着いて!実際の舞台の広さで脇にパーテーションお願いします!大澤と紘ちょっと来て。」
今回の舞台は自分たちが座長の立場。
単独主演で地方公演も含むこれだけ大規模の舞台は初めてだし、常にフロントにも立ち続けなきゃいけない。
それに、多くのネクストにとっても大きな経験になるに違いないし、自分たちもそうやって色々な経験を積んで来たのだから、しっかり面倒も見てやらなきゃいけない。
だけど無理だろー!
今日は無理!
来週から本番だけど今日は無理ー!
ピンク色の妄想が止まらねぇ!
いくら頭を切り替えても、ちょっと気を抜くと溶けた晶の顔が思い浮かんじゃう!
「琥太郎、ちょっと怖いから。」
「は?」
「ニヤニヤしながらダメ出しすんのやめて。マジで気持ち悪い。」
「え?俺ニヤニヤしてる?」
「してる。めっちゃしてる!ネクストの子達の顔見てみろよ。困惑しかない顔してるだろ。」
「ごめん。ちょっと顔洗って来るから後頼む。」
流石に紘にまでそう言われてしまえば反省するしかないけど、これは不可抗力なんだよ。
ニヤけてるつもりなんかないけど、勝手に口元が緩んじゃうんだから仕方ない。
顔を洗って目の前の鏡を覗き込んだら、確かに盛大にニヤけた俺がいて。
さすがにマズイと頬を叩いて表情を引き締めた。
リハ室に戻ってみたら自分以外のメンバーが手分けしてネクストに付いて細かい修正をしてくれていたから、ペットボトルを手に取るついでにもう一度スマホに手をかける。
位置情報アプリを立ち上げると今度は銀座の真ん中にいて、その場所をズームする前にお呼びがかかってしまった。
仕方なくあとで検索しようとスクショだけ撮って、スマホを乱雑に鞄の中に押し込めた。
それからは気力を総動員して少しでも早く終わる様に集中してやったつもりだけど、やっぱり晶の行動が気になって。
何かもっと今夜盛り上がる要素はないだろうか?なんて下世話な考えが結局は頭から離れずに、タイミングを見てはアプリを確認してしまう。
午後の2本目の通し稽古を終えた時には少し郊外のショッピングモールにいたけれど、映像チェックの途中でちらっと確認した時にはかなりのスピードで動いていたから恐らくもう電車の中だろう。
この映像チェックだけ終われば今日はもう急いでやらなきゃいけない事はない。
朝釘を刺しておいたからか、晶からは実家に帰る旨の連絡も来ていないし、ちゃっちゃと終わらせて一刻も早く帰るに限る!
だけどこんな日に限って止まない東馬くんコール。
ネクストの子達には確かにプロの自覚を持て、常に最高のパフォーマンスを、と口酸っぱく言って来て、分からない事や上手く行かない事は何でも直ぐに聞きに来いって、そう言ったのは俺だけども!
いや、お前ら空気読めよ!
メンバーはみんな温い目をして、ウザいから早く帰れよ!なんて言ってるし。
あの三角さんでさえ今日は呆れた顔をしてさっさと解放してくれたって言うのに!
助けを求めてメンバーに目をやれば、ばっちり目が合った三太は一目散に逃げ出して、大澤は荷物を置きっぱなしで姿が見えない。
どうせオフィスの雪ちゃんのところだろうけど。
颯太には申し訳なさそうに断られて、最後に渋る紘を何とか捕まえて仕方なしに居残りに付き合っていたら、今日は休みの筈の澤村くんが現れて、有無を言わさずに連行されてしまった。
「澤村くん!今日はマジで無理なんですって!」
「お前な!俺はわざわざ休みなのに来たんだぞ?」
「いや、だからまた日を改めて!澤村くんだってせっかくの休みなんだから!」
「ふーん。そう言う事言うんだ?」
「いや、だから!」
「お前の為にどんだけ俺が尽力したと思ってんだよ!お前のプライベートはプライベートであって最早プライベートじゃないってわかってんだろ?」
「いや、プライベートはプライベートでしょうよ!?」
「とにかく隠してる事を洗いざらい全部ちゃんと話せ!俺に隠し事するなんて100年早いんだよ!」
「いや、隠し事って程の話じゃないじゃないですか!ただ今日は早く帰って色々・・だって舞台始まったら時間取れないし!地方もあるし!イチャイチャ出来る時にしとかないと!」
「は?お前正気!?今が一番大切な時なんじゃないの?」
「ん?一番大切な時?え?舞台の前だから、って事ですか?」
「ちげーよ!何言ってんだよ!とにかくこんなとこで話せないからとりあえず飯行くぞ。」
「えっ!?いや、だから、今日は!」
「考えろよ!仕事にだって影響が出るんだから!マスコミ対策だって考えなきゃいけないし、早い方が良いに決まってんだろ!」
「マスコミ対策?いや、待って、何の話だか。」
「とりあえず先にいつもの店行っておけ。すぐ追いかけるから。」
「え?いや、あ!ちょっと!」
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