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「えっ・・・」
パニックで真っ白な頭の中。
晶の言葉の意味が分からなくて何度も何度もその言葉をリピートする。
赤ちゃん欲しいんでしょ?
そりゃあ欲しい。
でも、もうすっかり父親になった気持ちでいたから逆にその言葉がしっくり来ない。
「違うの?」
その晶の問いかけに漸く現実が追いついて来た。
「違わない・・・けど・・・。」
「ごめんね。琥太郎。」
「どうして謝るの?」
「だって、顔。」
「顔?俺の?」
「そんなにガッカリすると思わなくて。もうちょっと考えるべきだったね。ごめん。」
琥太郎の顔を見たら自分の浅はかな考えを猛烈に後悔した。
琥太郎のあんなに悲しそうな顔、初めて見た。
確かに毎晩の様に子供を作ろうよって言ってたけどそれはただの口実だろうと、出来たら出来たで嬉しいだろうけど、本気で子供を欲しがっているとは思いもしなかった。
琥太郎を悲しませるつもりなんかなかったのに。
「ちゃんと話すね。」
「しんどいんだろ?体。」
「琥太郎の方がしんどそうな顔してる。」
「あ、いや、ごめん。俺そんなに酷い顔してる?」
更に眉を下げた琥太郎に気が付けば手を伸ばしていた。
「ごめんね。」
「お前も泣きそうな顔してる。もう謝らなくていいよ。何か理由があったんだろ?」
「うん。だけどそこまでの理由じゃないの。だから、」
「いいよ。明日で。無理すんな。」
琥太郎はそう言ってくれたけど、やっぱりこのままって訳には行かないと思う。
私は休みだけど琥太郎は明日も仕事、それも舞台の本番直前という大事な時だし。
「あのね、妊娠したのはみーちゃんなの。」
「雅?あぁそれで母ちゃんが?でもだったら俺に隠す必要なんか、」
「妊娠した事自体はね。」
「他になんかあるって事?」
「いや、みーちゃん今色々大変みたいでさ、分かんないけど悪阻とかもあるみたいで。」
「うん。」
「春子ママとも電話で喧嘩しちゃったみたいでさ、あんなに泣いてるみーちゃん初めてだったからさ、」
「えっ?あの雅が?泣いてたの?」
「そう!そうなんだよ!琥太郎も見た事ないでしょ!?一大事だよね!?」
「いや、待って!何か嫌な予感がする!」
「でもそれって緊急事態だよね!?そうだよね!?」
「だめ!絶対!」
「まだ何にも言ってない!」
「お前雅の様子見に行こうとしてるんだろ!?1人で海外になんて行かせる訳ねーだろ!絶対にダメ!」
「ひとりじゃないもん!春子ママも一緒だもん!」
「母ちゃん1人で行けばいいだろ!」
「だからみーちゃんと春子ママはケンカ中なんだってば!」
「あのな!妊娠初期はホルモンバランスが安定しないから情緒不安定になるの!一過性のもんだから時間が経てば問題ない!」
「何で琥太郎がそんな事知ってんのよ!」
こんなところでさっき身に付けた知識が役に立つとは思わなかったけど、そんな事はどうでもいい!
澤村くんだって言ってた!
ホルモンバランスの大暴走はどうしようもないって。
「とにかくアメリカに行くなんて絶対にダメ!それにお前仕事休めないだろ!」
「それが休めるのよ。ちょうど課長に結婚休暇は取らないのか、って言われて。」
「ちょっと待って!結婚休暇って!」
結婚休暇って結婚式とか新婚旅行とかに使える休暇じゃないの!?
いや、絶対にそう!
バレたか、みたいな顔してるし絶対にそう!
「だって琥太郎どうせ休めないでしょ?」
「お前!もしかして結婚式やらないつもり!?」
「違うって!結婚式なら1日だし週末でやればわざわざ休み取らなくていいし。」
「新婚旅行は!?」
「いや、現実的に考えてみてよ?海外旅行行く程何日も休める?無理でしょ?」
確かに前回連休を貰ったのなんていつの話か分からないくらい前だし、この先だって年末まではどう考えたって簡単に休みが取れる状況じゃないけど。
それとこれとは別だろー!!?
「国内旅行なら週末で行けるでしょ?せっかくのお休みを無駄にしちゃうの勿体ないし。」
「やだ!行くから!絶対!ちゃんと1週間くらいかけて新婚旅行行くから!」
「はぁ。やっぱりこうなるよね。だから言いたくなかったのに。」
「当たり前だろ!?」
「じゃあさ、結婚休暇は使わない。ちゃんと有休使うから、それなら、」
「ダメです。アメリカなんて危ないところ絶対にダメです。」
いくら母ちゃんが一緒だろうと、向こうに行けば雅もマイクもいると言っても。
何かあった時に直ぐに助けに行ける距離じゃないし。
アメリカに限らずだけど外国なんていつ犯罪に巻き込まれるかわからないし。
飛行機が落ちるかもしれないし。
変な男が寄って来ても言葉が通じなきゃ拒否だって出来ないだろうし。
どう考えても無理。絶対に無理。
「琥太郎が舞台で地方にいる間に行って来るから!それならいいでしょ?」
「そう言う問題じゃない。それに地方公演って言ったって週末は晶だって来るだろ?」
「は?行かないけど?」
「何でだよ!会いに来てくれない気!?」
「大袈裟な。たかが2週間でしょ?」
「バカ言うなよ!2週間も触れなかったら死んじゃうだろ!?」
「そんなわけないでしょ。話脱線してるしもうこの話は終わり。マジでシンドイから寝る。」
「俺真面目に言ってるからね!?」
「分かった。分かったよ。もう!琥太郎、お風呂入って来なよ。悪いけど私は先に寝る。」
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