番外編 くらげ姫の小旅行

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「あ、来た。」 「え?ああ本当だ。」 2人とも帽子を深く被って、琥太郎はスウェット、颯太はウィンドブレーカー姿で一見ランニングしている人にも見える。 ランニングというよりはダッシュに近いけれど。 「おまたせー!」 遠いところまで来てくれてありがとうって爽やかに手を振ってやって来た颯太と、無言で突進して来て晶に抱き付いた琥太郎。 晶は琥太郎に覆い被されて前も見えない。 「ストップ!琥太郎!ストップ!」 バシバシと背中を叩くものの琥太郎はびくともしない。 「おい!もうちょっと端に行ってやれよ。通行人の迷惑だろ?」 「じゃあ後でお城のとこでね!」 ひかりと颯太の声はするが何せ前が見えない。 「え?ちょっと?ひかり?」 やっとの事で琥太郎を引き剥がした時にはもうひかりと颯太の姿は見えなくなっていた。 「琥太郎!目立つ!目立つから!」 兎にも角にもこんなところで抱き合っているのはマズイ。 何とか琥太郎に言い聞かせて大通りから外れた木立の中のベンチへ逃げる様に移動した。 「めちゃくちゃいい匂い。」 「くんくんしないでよ。」 「だって晶の匂い久しぶりだから。」 「ちょっとくっ付き過ぎ!暑い!暑っ苦しい!」 「どんだけ触ってないと思ってんだよ!そりゃあ興奮するに決まってんだろ!」 「おい、変態。」 「誰もいないしちゅーしよ?ね?」 「ちょっと!外だってば!」 「晶はしたくない?やだ?」 「誰が見てるか分からないでしょ?」 「見てないよ。誰もいない。」 「とにかく外はだめ!」 「一回だけ。ね?」 「絶対に一回?」 「一回か、二回か三回?」 「やっぱりダメ。明日ね。」 「じゃあ一回だけ!」 「一回ね。」 そう約束したのに。 一度唇を合わせてしまったら、結局は。 こんなところを誰かに見られたら絶対にマズイのに。 分かってはいるものの止められる筈がなかった。 「足りねぇ。もっと色々なところにキスしたい。」 「一回って言ったのに。」 「どんだけ触ってなかったと思ってんの?一回で済む訳ないだろ。」 「そんな事言ったって。」 「ごめん。ワガママ。でもマジで全然足りない。」 「また今度ゆっくり、ね?」 「ねぇ、こっち来て。乗って。」 「さすがにそれは無理。」 いくら人気のない場所だからって、流石に膝に乗って抱き合う訳には行かないだろ? 見え方によっては通報されかねない。 琥太郎があからさまに悲しそうな顔をして懇願して来るけど、だめ、絶対にダメ。 「もっとくっ付きたい!」 「分かるけど!ここ外だし、朝だし、無理でしょ?」 「分かる、分かるけど。でもめっちゃ晶が不足してるの。晶不足が深刻なんだよ。眠りも浅いし。」 「えっ?寝不足なの?」 「寝不足まで行かないけどぐっすりは眠れない。寝てても無意識に晶を探しちゃう。」 確かにいつもは寝返りを打って琥太郎の腕の中から離れてしまってもいつの間にか琥太郎に抱き寄せられている。 夏場の暑い時でもそれは変わらない。 「まぁ確かに私も1人で寝るのにあまり慣れてはいないけど。」 「俺がいないと眠れない!?」 「いや、それは問題ない。」 「何でだよ!!」 「そんな事よりさ、眠りが浅いなら空いた時間はなるべく体休めなさいね。目を瞑って横になるだけで違うって言うじゃない?」 「無理。晶がいないと無理!」 「大阪はまだこうやって来れたけどさ、福岡はそう言う訳にはいかないんだし、」 大阪ならギリギリ日帰りも出来る距離だけど流石に九州は遠い。 福岡公演は12月になるし、年末の慌ただしさとかクリスマスシーズンとかも絡んで飛行機の予約も取れるか分からない。 それに年末の繁忙に加えてプロジェクトの方も大詰めに近付いてまともに休みが取れるのかも怪しいところだから、今の時点では福岡公演を観に行くとは明言出来ないんだけど。 まぁ琥太郎がそんな話に納得する訳もなく、ついには強引に膝に抱え上げられてしまった。 「私はもう何処にも行かないって。まだ信用出来ない?」 「信用してない訳じゃない。」 「じゃあ、」 「ただ単にくっ付きたいだけ。マジな話で会えないと触れられないと気力が湧かねぇんだよ。だからってパフォーマンスの質を落とす訳には行かないし。そんな事はしないけど。」 「何だか不思議だね。2〜3年前はただの幼馴染だったのに。」 「よく手も出さずにいられたなってマジで思う。今なら考えられない。」 「またそう言う下世話な方に話を持って行かないの!」 「めちゃくちゃしたいけど口には出してないだろ?」 「今出してるし。」 「ねぇ、今夜って別のホテルに泊まるの?」 「うん。あの例のレディースプランのとこ。予約日をずらせたから。」 「ひかりちゃんと2人でこっち来てよ。キャンセル料は俺が出すから。」 どう考えてもモラル的にはアウトだって分かってはいるけど、眠りが浅いと言っていた琥太郎の言葉が引っかかって直ぐには返事が出来なかった。 「本当は今すぐホテルに連行したいけど、観光楽しみなんでしょ?」 「それは、まぁ、楽しみだよ。だって大阪って初めてだし、戎橋とか通天閣とか、行ってみたいし。」 「分かるけどさ、女の子2人じゃ危なくない?通天閣行くって言うけどさ、新世界の辺りは酔っぱらいも多いし、何よりナンパとかされたらどうすんの?」 「されないでしょ。平日だし、私たち言ってもアラサーだし。」 「されるよ!戎橋なんてマジで危ない!」 「まぁされたとしても無視するから。」 「あの時みたいにすぐに助けには行けないんだよ?」 思い出されるハロウィンの記憶。 背中にゾワッと冷たいものが走る。 琥太郎が何を心配しているのかは明白で、晶も忘れかけていた記憶が蘇る。 「思い出させてごめん。でも、晶がまたあんな風になったらって思うと心配で。」 「ううん。心配してくれてありがとう。ちゃんと警戒する。気をつける。」 確かに思い出したくもない悍ましい感触とか記憶はあるけれど、だからと言ってずっとそれに怯えているのも嫌だし、何なら癪だし。 あんな事何でもなかったと笑い飛ばしてやりたいくらいだし。 あんな姿を見せて、琥太郎が心配するのは当たり前だからそれに異論を唱えるつもりはないし、ありがたいと思うけど。 いつまでもやられっぱなしの私じゃないから。 「明日いっぱいお土産話持ってくね。沢山写真も撮ってそれも送る!琥太郎が心配にならない様に!」 「え?いや、ほら、万が一、」 「大丈夫だって!ひかりもいるし!」 「あ!ホテル!俺らが泊まってるホテルにもレディースプランあったんだよ!スイーツバイキングとかエステとか、あとプールも!」 「うん?でも明日は舞台見に行くし、泊まるだけになるならレディースプランじゃなくても。」 「一日中ホテルで遊べるんじゃない!?どう?ひかりちゃんも誘って!」 「観光もしないでひかりとプールで遊んでろって?」 「そうそう!」 「だって水着なんて持って来てないよ?」 「水着?ああそうか。やっぱりプールはダメ。俺のいないとこで水着になるなんて考えられない。」 「ねぇ、もうそろそろ行くよ。上まで登ったら開城時間くらいになるだろうし。」 「えぇっ!もう行くの!?」 顔は見えなかったけど確かに声は聞こえた。 お城のところでね、って言ってたし。 ひかりを1人で待ち惚けさせる訳には行かない。 「ひかり待たせたら可哀想でしょ?」 「じゃあ送ってく。」 「えぇ?いいよ、誰かに見られるかもしれないし。」 「別にいいだろ。夫婦なんだし。」 「良いけど良くない。騒ぎになったら泊まれなくなっちゃうかもしれないよ?」 「俺あんまり見つからないんだよ。外でファンの人に声かけられた事あんまりないし。」 「威圧感あるから声掛けづらいだけじゃないの?」 「とにかくまだ離れたくない。足りてない。」
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