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「雪ちゃん!」
「晶ちゃん!来てくれたんだ!良かった!」
「琥太郎が倒れたって!?」
「倒れた?あぁ、うん、確かにそうなんだけど。大丈夫、ちゃんと自分で歩いてここまで来たから。」
「何があったの?」
雪ちゃんは直接見ていなかったけれど、公演中も少し様子がおかしかったみたいだと。
幕が降りて舞台袖に捌けるや否やフラリと倒れてそれは大変な騒ぎになったそうで。
ただ琥太郎は直ぐに立ち上がって大丈夫だと伝えたけれど回りが説得して病院に連れて来た、と言う事だった。
「朝は平気そうに見えたけど。」
「ホテルを抜け出して会いに行ったんだってね。その元気があれば大丈夫だと思うんだけどね。」
「あっ!眠りが浅くてコンディションがイマイチだって言ってた。確か。」
「睡眠不足で倒れる様には見えないけどねぇ。あぁ、でも東馬は晶ちゃんがいないとメンタル激弱になるんだっけ。」
「えぇ?関係なくない?」
「ほら、自律神経失調症の時とかさ。晶ちゃんの帰りが遅くなるって聞いた途端に。」
「あぁ、あれか。詳しくは聞いてないけどそんな事もあったね。」
琥太郎の元を去った晶が帰る日を心待ちにしていて、仕事の関係で長期出張が更に延長になるかもしれないと聞いた翌日、高熱を出したかと思ったらあれよあれよと言う間に弱って行って、ついには目眩が酷く起き上がる事も出来なくなったあの事件。
動けなくなった琥太郎が救急車で運ばれたのを晶は知らない。
「あの時もツアーを延期するか東馬だけのキャンセルかって現実的な話になった途端にしっかりして来て。結局はメンタルの問題なんだねって。」
「自律神経ってメンタル関係ある!?たまたまじゃない?」
「分からないけどやっぱりプロ意識が凄いって言うのは確実だよね。」
「メンタル弱いイメージないんだけとなぁ。逆境にワクワクしちゃうタイプだもん。上手く行かない事の方が楽しー!って。」
「だから晶ちゃんが絡まなきゃでしょ?チーフがインフルエンザになって私が急遽呼ばれてこっち来た時、捨て犬みたいな目で私の事見てたもん。ズルいって言いながらほぼ泣いてた。」
琥太郎が倒れたなんて言うから何があったのかと心配したけど、雪ちゃんから聞く限りでは重症でもなさそうで少しだけほっとした。
今夜の公演はどうなるのかわからないけどやるにしてもやらないにしても私には何の発言権もないし出来る事もない。
暫く廊下のベンチで雪ちゃんと話していると処置室から出て来た看護師さんに中へ入るように促された。
「どう?」
「熱出た。でもとりあえずインフルは陰性。」
「そっか。具合悪かったの気が付かなかったよ、ごめんね。」
「俺も熱あるなんて気付いてなかった。舞台で足元がふらつくまで全然。」
「東馬次第だけど一応東馬の休演の準備は進めてるから、」
雪ちゃんの言葉に琥太郎は直ぐ様首を振る。
大丈夫、出来る、そう言った琥太郎は真剣な眼差し。
これは誰が止めても、無理矢理にでも舞台に立つ事は間違いない。
「お客さんの前で倒れないでよ?」
「分かってる。大丈夫。パフォーマンスの質は落とさない。」
「体が言う事聞かなきゃどうしようもないよ?」
「点滴である程度回復出来るって。舞台の間だけ持てば良いから。」
雪と晶は顔を見合わせてお互い小さく肩をすくめた。
もうこうなったらどうしようもない。
誰が何を言おうと聞きはしないだろう。
「じゃあ私は先に戻って準備しとく。」
「ごめん。ありがと。」
「一回ホテルに戻る?それとも楽屋で休む?」
「時間勿体ないから楽屋。出来たら空き部屋かどっかがいいかも。風邪かもしれないし。」
「分かった。準備しとく。晶ちゃん悪いけど後は頼める?」
「うん。雪ちゃん色々ありがとう。」
「忘れてるでしょ?これが私の本当の仕事だからね?」
「そうでした。じゃあよろしくお願いします。」
雪ちゃんが処置室を出て行くと途端に琥太郎の顔付きが変わる。
これは完全な構ってちゃんモード。
「熱、何度なの?」
「微熱。」
「正直に言いなさい。何度?」
「38度8分」
「あらまぁ。そりゃあふらつくわ。」
今度の舞台は長い演舞も激しい殺陣もクルクル回るアクロバットだってある。
ふらつく程度で済んだのは日頃の鍛錬の賜物だろう。
「ねぇ、こっち来て。手。」
「こらこら点滴してるんだから動かさないの。」
「手だけで我慢するから。早く。」
処置室には付き添い用の椅子などなくて、仕方なくベッドに少しだけ腰掛けて琥太郎の手を握った。
汗で張り付いたままの前髪を直してそっと頬を撫でてやると熱で赤い顔をした琥太郎はフニャリと笑った。
「もうちょっと上に座って。枕のとこ。」
「へ?」
体勢がキツいのかな?なんて良く考えもしないで言う通りにすると、繋いだ手が離れてぎゅっと腰に巻き付く。
勿論ずっと仰向けでビシッと寝ていなくちゃいけないなんてルールはないけれど、こんなあからさまに抱き付かれてしまってはさすがに。
「琥太郎、大人しくしてなさい。」
「大人しくしてる。」
「看護師さんが戻って来たらどうするの?」
「別にいい。くっ付いてチャージしないと頑張れないもん。」
「しんどいならお休みしたら?無理して長引いた方が沢山の人に迷惑がかかるよ?」
「今日しか観れないお客さんがいる。多分大半がそう。だから休めない。今日だけじゃなく全公演。」
「私がお願いしても?」
「晶のお願いでもそれは聞けない。ごめんな、心配かけて。」
実際琥太郎は舞台の真ん中に立つ事も多くて、琥太郎が抜けてしまったらその穴埋めはかなり難しくなるだろう。
琥太郎は人一倍責任感が強いから、舞台に穴を開けるなんて考えもしてないだろうけど、滅多に見せないこんな弱った姿を見てしまっては心配になるのは当たり前のこと。
「高いセットから落ちたり、アクロで頭から落ちたりしたら洒落にならないよ?骨折くらいで済めばいいけど、打ちどころが悪かったら。」
「集中してやるよ。いつも以上に。でもさ、さっきより大分良くなって来た。」
「点滴効いてる?」
「点滴も注射もそうだけど、やっぱり晶の匂いに癒される。」
「たこ焼きの匂いするでしょ?ちょうどたこ焼き食べ終わってお店から出たとこだったから。」
「たこ焼きの匂いはわかんねーけど晶の匂いは落ち着く。隣に寝てくれたらマジで熱が下がる気がするんだけど?ダメ?」
「普通に考えてダメだね。第一こんな処置用の狭いベッドに2人で寝れないでしょ。落っこちる。」
「絶対落とさない自信ならあるけど?」
「仕方ないから今夜は添い寝してあげる。」
「マジ!?」
「それでちゃんと眠れるならね。」
「寝るだけ?」
「当たり前でしょ!?何考えてんの!」
「だってさセックスすると熱下がるって言わない!?汗もかくし!」
「そんなの都合の良い都市伝説でしょ!?」
「やってみる価値はあると思うんだけど!」
「琥太郎、あんた思ったより元気みたいね?ちょうどいいわ。午後からUSJか海遊館に行く予定だったからさ、その様子なら、」
「嘘!ごめんなさい!何もしない!くっ付くだけ!それマジでやだ!行かないで、頼むから!」
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