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「えーっと、さ?あの、あ!そうだ!熱は!?」
「もう全然平気!めっちゃ元気!朝からパワーチャージ出来たし!」
そう言って思い切り目尻を下げた琥太郎はムフムフ言いながら漸く少しだけ腕の力を抜く。
そして満面の笑みのまま晶をじっと見つめた。
「ご褒美先にくれたの?」
「へ?」
「言ったじゃん。頑張ったらご褒美頂戴って。」
「え?あぁ、確かに言ってた。」
「俺単純だからめちゃくちゃ頑張っちゃうよ。」
「いや、そこまでの事でもないんだけど。」
「スカート、本当は外では履いて欲しくないんだけどさ。」
「うん?」
「すっげー可愛いから、たまには良いかもって思ったりして。」
「ちょっと流石に恥ずかしいからやめて。」
「だって可愛いもん。今度その服とメイクでデートしよ?変な奴に見られたら俺が壁になるから!」
どんな時でも晶の事を可愛くないなんて思った事は無いし、怒ってても泣いてても寝起きの顔だって可愛いって思っちゃうけど。
今日はちょっと別格過ぎる。
こんなにきっちりとメイクしてる姿は初めて見るし、いつも自分の我儘でパンツスタイルにさせてるからワンピース姿なんか殆ど見た事もない。
今日の晶は目元はキラキラしてるし唇もツヤツヤ。更にはヒラヒラしたワンピースを纏って。いつもとは違う女の子全開の姿に改めて恋に落ちたって言うか。
もう胸がキュンキュンしまくり。
「ねぇ!可愛い!」
「だからやめてってば!恥ずかしい!」
「だって可愛いんだもん!ご褒美嬉しい!」
「ご褒美って言うかさ・・・」
琥太郎が喜んでるのは間違いないし、正解じゃ無いわけじゃないんだろうけど。
一番ちゃんと意思は伝えなくちゃ。
「私、ちゃんと琥太郎の事好きだし応援してるし離れてればちょっとは寂しいって思うし、えっと、だから、」
「ちょ!ちょっと待って!」
「え?」
何て伝えていいか分からなくて自分でも何言ってるのか良く分からない状況って言うのは認める。
認めるけど。
え?なんか変な事言った?
琥太郎の顔、めちゃくちゃ強張ってるんですけど・・・
「琥太郎?」
「まさか、また・・・」
「え?また?」
「別れようと・・してるの?」
「はぁ?」
一体何がどうなってそんな話になったって言うの!?
恥を忍んで私にしてはめちゃくちゃ小っ恥ずかしい告白をしたつもりなんだけど!?
「そんな、別れ際みたいな・・俺やだよ!無理だから!絶対に離さないから!」
「ぐぇっ!ちょ、ギブ!ギブ!ギブ!ギブ!死ぬ!死ぬから!」
「絶対に離さない!どこにも行かせない!」
「苦しい!死ぬ!琥太郎!死んじゃう!!」
ヒィィィ!みたいな決死の呼吸音が響き渡って漸く我に返った琥太郎は咄嗟にその腕の力を緩めた。
「晶!大丈夫!?」
「お前のせいだろうが!!」
「ごめん。でも、俺!」
「何でそんな話になった訳!?意味分かんないんだけど!?」
「だって綺麗な格好して完璧なメイクして晶の方から好きだって、応援してるとか離れてたら寂しいとか言われたら!」
「は?言われたら何だって言うのよ!?」
「別れの言葉、告げに来たのかなって・・・」
「何でそうなるのよ!?」
「なぁ、違うよな!?違うって言って!?お願いだから違うって否定してくれよ!」
「やっぱりまだ熱あるんじゃないの?どう考えても違うだろ。わざわざ着飾って登場してわざとらしい言葉で別れを匂わせるなんて今時昼ドラでもやんないでしょ。昭和のトレンディドラマじゃあるまいし!そんな暇人だと思うなよ!舐めんな!」
こいつ本当にまだ熱があるんじゃないの?
若しくは変なウィルスが脳に回っちゃったとか?
「じゃあ違うの?」
「あんたが私に執着するのは私の対応が悪かったのかなって、ちゃんと愛情表現出来てないのかなって、足りないからなのかなって。」
「えっ・・・」
「遠征の度に具合悪くなるのが本当にそう言う理由なら。琥太郎が満足したら、満たされてたらそうはならないかなってひかりにも相談してわざわざ来てみたのに。まさかこんな事になるなんて考えもしてなかったわ!」
「やばい。泣きそう。」
「だから何で!?」
「嬉しくて泣きそう!泣いちゃう・・・」
「嘘でしょ!?ちょっと、やめて、マジでやめてよ!泣くな!あんたこれから舞台でしょ!?」
「だって嬉しくて・・・」
筋肉ムキムキの大男がポロポロ涙を流し出すなんて予想してなかったしどう考えても状況カオスだし!
こんなところに三太が帰って来たらたまったもんじゃない!!!
「とにかくそう言う事だから!」
もう逃げるの一択しかない。
手を伸ばして鏡台からティッシュを引き抜いて琥太郎に押し付けて。
片手が離れた隙に逃げ出そうと思ったのに!
「は?喧嘩?琥太郎泣かしたの?強すぎね?」
遅かった。
あと1分。
いや30秒早かったら逃げ切れたのに。
「お前本番前に泣かせるなよ。」
「あのねぇ!いや、いいわ。三太、あんたに託すから。後よろしく!」
「いやいやいや、責任持って泣き止ませろよ。」
「あんた達親友でしょ!?」
「お前らだって夫婦じゃねぇか。」
「何でもいいからお願い!私もう行かなくちゃいけないから!」
何とか三太に琥太郎を押し付けようと腕を伸ばしたけれど後少しのところで届かない。
幼馴染の気安さが裏目に出て、こんなカオスな状況なのに三太はさっさと自分の鏡台の前に座るとパシャパシャと化粧水を塗り始める。
「三太!何とかしてよ!」
「お前ね、スキンケアは大事だよ?風呂上がりは特にさ。知らねぇの?」
「今そんな話してる場合じゃなくない!?」
「お前もアラサーなんだから気をつけた方がいいぞ?これマジな話。」
我関せずみたいな顔をしてそんな事を言う三太に心底ムカついて、後頭部を蹴っ飛ばしてやる!と足を上げかけた時だった。
「うひゃあぁ!!」
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