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最近は割とご無沙汰だったから完全に油断してた。
「琥太郎!下ろして!ダメ!このまま廊下に出ないで!!!三太!助けてぇ!!!」
必死になって助けを求めて三太に手を伸ばしたけれど。
三太はチラッとこっちを見ただけで直ぐに鏡に向き直りノールックのままヒラヒラと手を振るだけだった。
「お前!覚えとけよ!」
忙しそうに動き回るスタッフさんたちだって当然の如くみんな振り返る。
琥太郎は無言のまま。
ただひたすら前に進むのみ。
私が出来る事と言えば、琥太郎が肩に担いでいるのが私だってバレない様に頭を下げてじっとしている事だけ。
こんなところを三角さんに見られでもしたらどうすんだよ!!!
「あれ?晶ちゃん?」
必死に顔を隠していたから気が付かなかった。
その声は確かに聞き覚えがある。
「助けて!颯太くん!」
「ちょっと待って!」
どこかに駆け出した颯太は直ぐに戻って来てくれて、あぁ助かった!って心底感謝したのに!
何でお前はスマホをこっちに向けてるんだ!
「ちょっと!?」
「オッケー!経緯は分かんないけどひかりには連絡しとくね!」
「違う!そうじゃない!写真なんかいらないから助けて!」
「ちゃんと動画撮った!ひかりも早めに来る様に言っておくから大丈夫!」
「違うってばぁぁぁっ!!!」
思い切り颯太を罵ってやろうと大きく息を吸った瞬間。
廊下の向こうにチラッと見えたあの人に慌てて再び顔を隠した。
「ねぇ!ちょっとここどこ!?」
「大丈夫。誰も来ないから。」
連れて来られたのは応接室みたいなこぢんまりとした部屋。
革張りのソファにドカッと座った琥太郎はするりと晶を膝の上に下ろした。
「琥太郎!」
「強引な真似してごめん。でも我慢出来なかった。」
「えっ?ちょっ!」
ガッチリと拘束された腕の中。
降り注ぐのはキスの嵐。
こんなところを誰かに見られたら言い訳のしようもない。
しかし体格に勝る琥太郎の腕の中からはどうやったって抜け出せる筈もなかった。
どれくらいそうしていたかも分からない。
気が付けば晶もいつの間にか翻弄されていて、突然鳴り響いた琥太郎の腕時計のアラームにハッと正気を取り戻した。
「琥太郎!時間!」
「うん。」
「ほら離して。支度しなきゃ。」
「やだ。離したくない。」
「舞台!始まっちゃうよ?いいの?ダメでしょ?」
「あと5分だけ。」
「舞台が終わってからじゃダメなの?」
「ねぇ、晶?明日本当に帰っちゃう?」
「だって明後日は平日だよ?そりゃ帰るよ。仕事だもん。」
「大阪の楽日までいれない?」
「楽日って木曜日?」
「うん。あと5日。」
「それはいくら何でも無理だよ。そんなに休めない。昨日既に有休使って休んでるし。」
「俺、離れるとか無理。」
「離れるって言ったってたかが数日でしょ?」
「ずっとこうやってくっ付いてたい。好きだよ。大好き。愛してる。もう愛しさが溢れて俺爆発しそうなんだけど。」
「私も同じ気持ちだよ?だけど大人なんだから仕事はちゃんとしなくちゃ。」
「晶も同じ気持ちなの!?そんな事言われたらマジでヤバい!今から本番なのに!」
「いや、そうじゃない!私も同じ気持ちだから安心して仕事しておいでって話!」
「無理だろ!仕事サボってイチャイチャしようって言う誘惑にしか聞こえない!」
あぁもうこれ完全に作戦失敗だわ。
って言うか逆効果だったと言わざるを得ない。
やっぱりよく考えもしないで思い付きで行動するもんじゃないよね。
琥太郎の事甘く見すぎてた。
さっきのアラームはきっと何か意味があるんだろうし、こんな事してる時間はない筈だから。
仕方がない。
奥の手を使うしかない。
「琥太郎。ご褒美いらないの?」
「えっ!?まだあるの!?いる!絶対いる!」
「じゃあさっさと支度しないと。頑張らないとご褒美はありません。」
「ご褒美って何!?気になる!」
「今言ったらつまらないでしょ?」
「えぇっ!焦らすなよ!教えて!?」
「ダメです。ほら早く支度しないと。さっきのアラーム、何かのタイムリミットじゃないの?」
「ああ、あれは平気。おやつの時間。」
やっぱりこいつ脳にウィルスが侵入したんじゃないの?
「カロリー摂らないとウェイトが落ちるから忘れない様にアラームかけてるだけだから大丈夫だよ。」
え?やだ。キレそう。
全てのダイエッターの敵じゃん。
こっちは大阪に来て食べた美味しい物の記憶が罪の意識にすらなってるって言うのに。
でも確かに痩せた。
琥太郎は元々余計なお肉なんて無いにも等しい。
体は筋肉で覆われてるから変化はないように見えるけど、顔は明らかにシャープになってる。
「じゃあちゃんと食べないと。さっき三太に差し入れのお稲荷さん渡したから食べられるならそれも食べなよ。」
「差し入れ嬉しいけど晶の飯がいい・・」
「帰って来たら好きな物何でも作ってあげるからさ?ね?食べたい物考えといてね。」
「ねぇ!今めちゃくちゃキュンとした!支度しなきゃいけないのに余計離せなくなるだろ!」
キリがない。
確実にキリがない。
もう完全に甘えん坊モードに入ってるからきっと何を言っても無駄。
仕方ない。
これは出来れば使いたくなかった最終手段だったけど。
「いい物見せてあげるから一回離して?」
「え?なに!?」
「良いって言うまで琥太郎は動いちゃダメ!分かった?約束だよ?」
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