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エピローグ
山小屋に戻ってくるなり、われわれは二人から熱烈な抱擁つきで歓迎された(姉さんはお調子者がどさくさにまぎれてキスしようとするのを瞬時に見抜き、肘鉄を喰らわせた)。
ひとしきりバカ騒ぎが終わったあと、根岸がぽつりとつぶやいた。
「結局創始者はなんの意図があって〈クォンタム山〉なんかを作ったのかねえ」
目顔で先を促す。
「だってそうでしょ。仕様上の欠陥で高いところが危険地帯になるんなら、あらかじめ均しちまえばいい」
「サー、あれだけ広大な山域をつぶすのは簡単な仕事ではないであります」と挙手つきで二等兵。
「いや、このガキの言うことにも一理あるぜ」姉さんはだらしなく寝転がっている。「量子状態をコントロールするほどの連中だぞ。山系ひとつつぶせないでどうするよ」
沈黙が下りた。申し合わせたように三人の視線がわたしに集中する。「ぼくがわかるはずないでしょう」
「いいや、お前はなにか思いついても隠すタイプだからな」脇腹をくすぐられた。「さあ白状しろ、日下部」
さんざん笑ったあと、またもや沈黙。それなりの意見を開陳しない限り許してもらえそうにない。観念して息を吸い込んだ。
「もしかしたら創始者たちは、この世界の限界を知ってたんじゃないかな」
反響は姉さんが発した一言だけだった。「世界の限界っていうのは」
「自然淘汰の怠慢が原因で、ぼくらの量子最適化システムはいずれ破綻する運命にあるっていう仮説、覚えてますか」
「覚えてるであります、サー」
「ぼくはそれが創始者たちにとっても想定外だったって言ったけど、もしそうじゃなかったら。量子人の楽園が遠い未来に崩壊するのだと知ってたらどうだろう」
誰も口を挟まなかった。きっとみんな呆れているのだろう。かまわず続ける。
「それを警告して終焉に備えさせようとするはずだ。でも極楽気分の量子人に真実を残しておいたところで誰もまともに考えたりはしなかったと思う。何億世代も先の子孫が転んで死ぬようになったからといって、自堕落に生きるぼくらには関係ない」
一息つき、お湯を流し込む。もはや三人が聞いているかどうかも問題ではなくなりつつある。
「自力で子孫の将来が暗雲に包まれてるのを悟らせないといけない。そんなことを気にするのはいまを刹那的に浪費するふつうの量子人じゃなくて、ぼくらみたいにあえてリスクを冒そうとする奇特な連中だけだろう。こんなふうに創始者は考えたんじゃないかな」
ゆっくりと姉さんが身体を起こし、大きく伸びをした。「で、ご先祖は遠い未来のガキどもがバナナの皮を踏んづけてくたばるようになるのをあたしらが看過しないはずだと、他力本願にも考えたわけか」
「ちょっと待ってください、俺たちのご先祖はほかでもない俺たち自身を作るほどオツムがよかったわけでしょ」青年は自分の頭を指さした。「そいつらが克服できなかった自然淘汰の雑さ加減を、俺のオツムがどうにかできるとは思えないんですけどね」
「できるさ」
「サー、自信の裏づけはなんでありますか」
「きみらは何歳だ」
「ピチピチの15世紀歳」胸を張って根岸。
「生まれたての8世紀歳であります」もちろん二宮は敬礼つきだ。
「姉さんはおいくつでしたっけ」
「女に年齢を尋ねるのはマナー違反だぞ」言葉とは裏腹に堂々と宣言した。「20世紀歳だ、文句あるか」
「ちなみにぼくは18世紀歳です」
「カミングアウトは興味深かったけど、それがいったいなんだってんです」
「根岸、量子人の平均寿命は4,000年あるんだぞ」
ようやくわたしの言わんとしていることが伝わったらしい。三人とも呆気にとられている。
「全員の持ち時間を合計すれば1万年近くある。これだけあって自然淘汰の法則ひとつ変えられないほど、ぼくたちは愚鈍なのか」
三人はいっせいに首を横に振った。
間もなくわれわれは山小屋をあとにした。
もう〈地表〉で自堕落に生きる時代は終わった。わたしたちには遠い未来に立ち込める暗雲を吹き払う使命があるのだ。
そうでしょう、ご先祖さま?
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