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プロローグ
原始の海に取るに足りない有機物が発生し、それが凝集したのか。
結晶の表面が情報を保存したのが始まりなのか。
あるいは外部からなんらかの播種がなされたのか。
いずれにせよおのれ自身を再生産できるデジタル情報が核酸のかたちで内部に格納されたその瞬間、彼らの子孫が将来的に生態的ニッチを埋め尽くすのは時間の問題であった。
DNAは宇宙が熱的死を遂げるまで、内なる声を発信し続けるだろう。すなわち、「われを複製せよ!」
この呼び声は至上命令であった。DNAの乗り物は何十億年ものときを経るあいだに次から次へと代替わりしたけれども、どの乗り物もその声に抗うことはできなかった。
地球誕生から38億年後、DNAは望みうる限り最高の塩基配列を手に入れた。その乗り物はたんにそのときの環境にもっとも適応した生物というだけでなく、みずからの力で環境そのものを変えるという積極的な戦略を打ち出したのである。
DNAが歩んできた苦難の道のりは終点に差しかかった。もはや仮借なく判決を下す自然淘汰という名の裁判官に平身低頭する時代は終わった。これからは乗り物自体がイニシアティヴを握るのだ。
彼らは地球に満ち溢れていった。厳正なる自然淘汰の選別がなければもはや、ほかにDNAの増殖を止める手立てはない。やがて地球は乗り物どもで窒息した。
彼らはそれでも増殖をやめなかった。むろん乗り物側としては、何十億年も前に下された至上命令にしたがっているつもりは毛頭なかった。それでも結局は同じことである。領土拡張主義がDNAの思惑と一致する限りにおいては。
数々の植民星が開拓され、多くの人びとが母なる星から旅立っていった。
いつしか宇宙に散在する彼らの総人口はおろか、正確な植民星の数すら誰も把握できなくなったころ、ついに乗り物は悟る。「この気ちがい沙汰に終止符を打つころあいだ」
いかに宇宙へ飛び出していったところで、いつか必ずなんらかの事故で植民星は滅びるであろう(いまこうしているあいだにも数光年先の〈エスペランザ〉だか〈ガイア〉だかが、イナゴの大発生かなにかでメタメタにされているかもしれない)。
破滅が避けられないのなら、保険はつねに準備されている必要がある。連綿と受け継がれてきたDNAの鎖を途切れさせるな、植民星を開拓しろ、宇宙が冷え切るその日まで!
心配性なDNAを安心させるには、絶対安全な植民星がひとつあれば事足りる。もしそのようなシャングリラを建設できれば、何十億年にもわたってみずからを保存せよと絶叫し続ける核酸を黙らせることができるはずだ。
よろしい。そうしようではないか。
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