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ああ、ぜひ、お父さんに金のりんごを食べさせてあげたい。
娘が切に願っていますと、目の前にとかげが一匹這ってきました。
「かごを一つくださいませんか?」
とかげが娘に尋ねました。
娘は、どんな姿のお客さんでも、お客さんに変わりはないと思いました。
「いいですよ。どのかごにしますか?」
娘が聞きますと、とかげは指先の丸い吸盤をなめながら言いました。
「あー、これ、これ。このかごいい」
とかげは、自分の体ほどのかごを一つ選びました。
そのかごは、娘が何日も丁寧に編み込んだかごで、飾り模様のつる草柄が編み込まれた美しいかごでした。
「今、商売がうまくいっていましてね。このかごに、貯えを入れたいと思います。けれども、私には人間のようなお金はありません。その代わり、良いお話を一つさせていただきましょう」
とかげは、顔の真横についた目玉をぐるりとさせて、娘をうかがいました。
娘は、しゃべるとかげに初めて会いましたし、商売の大変さを知っていましたので、うまくいっていることを祝ってあげたいと思いました。
それに、良い話というのも聞いてみたいと思いました。
「いいですよ」
娘は、言いました。
とかげは、しっぽをゆらりと左右に振って、頷きました。
「それでは、お話しましょう。王様の庭の木に生えているりんごの木になる金のりんごを守る大きな虎は、人を食べた後、必ず少しばかり眠るのです。虎は立ったままですし、ほんのわずかなざわめきにすら、目を覚ましてしまうので、誰も虎が眠っているとは気づきません」
「まぁ、そんなことがあるものなんですねぇ」
娘は目を丸くしました。
「ええ。あるんですよ」
とかげは、にんまりと笑いました。
「それでは、かご、頂いていきますね」
とかげは、娘の編んだつる草柄の美しいかごを背負って、道の真ん中をペタペタと這って去りました。
虎が眠っている間に、金のりんごを持っていけないものかしら。
娘が切に考えていますと、目の前に蛇が一匹進んできました。
「かごを一つくださいませんか?」
蛇が娘に尋ねました。
娘は、どんな姿のお客さんでも、お客さんに変わりないと思いました。
「いいですよ。どのかごにしますか?」
娘が聞きますと、蛇はちろりと赤い糸のような舌を出して、言いました。
「あー、これ、これ。このかごがいい」
蛇は、娘の持っている古びたかごを一つ選びました。そのかごは、死んだ母親が編んでくれたかごでした。
「私は、そのかごがどうしてもほしいのです。もちろん、そのかごがあなたにとってどれほど大事なかごなのか、私は知っています。その代わり、あなたの望みを聞きましょう」
蛇は、糸のような細いまぶたを見開き、大きな瞳で娘をうかがいました。
娘は、母親の編んだかごを大事に思っておりましたし、かごを売ったお金をこのかごに入れるたび、母親が自分を守っていてくれるような、そんな面持ちになり、たいそう勇気づけられていました。
しかし、望みを聞いてほしい、そのためなら、このかごを手放してもいいと思いました。
「わかりました。私の望みは、父の病を治すことです」
娘は、言いました。
蛇は、天に向かって顔を上げました。
その喉元が、破裂しそうに膨らんでいます。
膨らみは、蛇の口元へせり上がっていきます。
横目で、蛇は娘を見ました。
娘は、慌てて、手に持っていた古いかごをひっくり返し、お金をじゃらじゃらと道に落としました。
空になったかごを蛇の口元に持っていきますと、蛇は首をさげて、かごの中に、真っ白な玉子をひとつ生みました。
「さぁ、この玉子を受け取りなさい。この玉子を食べて、王様の庭の木に生えているりんごの木になる金のりんごを手に入れなさい。しかし、あなたは二度と父親に会えない。それでもいいなら、この玉子を食べるといい」
娘は、かごから玉子を受けとりました。
蛇は、空になった古びたかごを鎌首に乗せ、道の真ん中をするすると這って、去りました。
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