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見つめ合った二人の顔に、満面の笑みが浮かびました。
「あそぼ」
そう言って、みはるが姉ちゃんの手をにぎりました。
姉ちゃんは、みはるの手をにぎり返しました。
二人は、手をつなぎ、お互いの背を追いかけて、あぜ道の真ん中をくるくると回り始めました。
それは、だんだんと早くなって・・・・・・。
見る見るうちに、二人の周りに、突風が巻き起こりました。
突風は、稲を刈り終えて、さみしげな田んぼの土を巻き上げ、空に吹き上げました。
追いかけ合いながら、風を起こし、二人はケタケタと笑いました。
そうやっていると、急に、みはるはぺたりと地べたに座りこみました。
ゼーゼーと息を吐き、みはるは「やすむ」とつぶやきました。
姉ちゃんも、みはるのとなりに、ぺたんと座りました。
二人は、澄んだ青空を見上げながら、お日さまの日ざしに、じんわりと当たっていました。
「姉ちゃん、あったかいね」
みはるが笑いました。
姉ちゃんは、みはるの頬に、土ぼこりがついているのに気づき、手をあてて、はらってやりました。
みはるも、手のひらで、自分の顔を何度もぬぐいました。
姉ちゃんは、自分の着物の袖をパタパタふって、ほこりをはらいました。
そして、自分の帯の間に差した、唐梅の小枝に目をとめました。
姉ちゃんは、(ああそうだった)と心の中でつぶやきました。
「これ、みはるに持ってきたよ」
みはるは、ほこりをはらうのをやめました。
姉ちゃんが、みはるの手に、唐梅の小枝をにぎらせました。
黄色い花柄がぽつぽつと咲いているのを見て、みはるは小さな鼻を近づけました。
「いい香りだね、姉ちゃん」
姉ちゃんを見上げたみはるの両の目がキラキラ光っています。
「いい香りだよ」
姉ちゃんが頷きました。
二人は、一緒になって唐梅の甘い匂いを嗅いでいました。
すると、姉ちゃんがそっとささやきました。
「みはるもやってみな」
みはるの若草色の目が、きゅうっと小さくなり、肩はびくりと震えました。
「だいじょうぶ」
姉ちゃんは、みはるの手を引いて、南高梅の下にやってきました。
「いい?つぼみにね、ふーっと息を吹きかけるんだよ」
南高梅の枝に、いくつものつぼみが出ていました。
つま先だけで立って、枝に顔を寄せました。
みはるは、目の前のつぼみに、おそるおそる息を吹き出しました。
息に吹かれて、つぼみが揺れました。
そうして、つぼみは揺れながら、枝色の額を割いて、白い花びらを一枚ずつ開き出しました。
一重の大輪の梅が咲きました。「わぁっ」 その様を見て、みはるの目に明るい輝きが戻りました。
みはるは、絶えず息を吹きました。
南高梅の幾千の枝に顔を出した、幾万ものつぼみに、みはるの息が触れて、次々に梅の花が咲いていきました。
村まで広がる広大な田んぼに、甘い、甘い香りが漂っていきます。
そして、その香りは、村まで流れていきました。
「次の春は、梅の香りが大山まで届いて、私をここに呼ぶんだろうね」
姉ちゃんはみはるを見やり、目を細めました。
「こんどは、姉ちゃんをむかえにいくよ」
みはるは、はにかんで答えました。
「うめがさいてるよー」
村の外れで、小さな男の子が田んぼを指差していました。
「あら、ほんとだねぇ」
そばにいたお母さんも田んぼを見やりました。
誰一人いない田んぼの真ん中に、白い一重の花々をつけた南高梅の木が1本、青空に枝を広げています。
「見に行こうか」
お母さんが言い終わらないうちに、男の子があぜ道に、飛び出していきました。
男の子は、胸に喜びがあふれて、かけ回りました。
後からやってきたお母さんが、春の日差しに目をほそめ、満開の梅の木を見上げました。
おわり
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