六月 追憶

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 母さんは帰ってこなかった。何日待っても、何か月待っても、どんなに季節が変わっても帰ってこなかった。 三年も過ぎた頃、春ぐらいだったか……母さんが死んだと親戚から聞かされた。 交通事故だった。あの日、車を運転していた人と一緒に死んだらしい。母さんを連れて行った男の人は学生時代の友人で、その人を頼って、女として再出発するために、俺を捨てて家から出て行ったのだ。 ずっと待っていた母さんは、二度と帰ってこなかった。 母さんが出ていくほんの1年ぐらい前に、俺が4年生の秋ぐらいに、俺たち家族は防波堤の先端でよく釣りをして遊んでいた。 魚を釣りあげて喜ぶ俺をみて、嬉しそうに微笑む母さん、それを見て目を細める父さん……手を継ないで帰った防波堤からの道……遠くゆっくり沈む赤い夕日……俺はそれをテレビや本で読み聞く”幸せ”なんだと思った。これが幸せってやつなんだって、子供心に初めて思った……でも、実際にはこの幸せの真逆の事が起こっていたんだ。 俺は、思った……俺が嬉しいとか、楽しいとか、幸せだと思ったから、無くなったんだと、幸せだなんて思わなかったら、母さんも父さんも何も変わらない、一年前の様な日々が過ごせていたんだと……俺は学校に通わなくなった俺は、母さんが居なくなった家でそう思って暮らしていた。
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