ずっと君を傍で守りたかった

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   「そういえば私、この花が咲いたら死ぬことにしたから」  早朝のベランダでポットに水をやる彼女がさらりとそんなことを言うので、えっ「シヌ」って……あの「死ぬ」? 俺の思考回路は唐突の事態に完全にフリーズしてしまった。  「……どうしたの突然」  何とか思考を再起動して彼女に問いかける。はっと気づいてカレンダーを見るけれど、エイプリルフールは約二週間後だった。 「もしかして……病気とか、あるの?」「いやー? 全然健康だよ」  「私自殺するの」  もう一年近く一緒に暮らしていた彼女が、他人を悲しませる様な嘘をつく人ではないことは分かっていた。彼女は本気だ。彼女はあと十数日で死ぬ。自ら命を絶つ。本当は自殺なんて絶対阻止するべきなのだろうけど、さも平然な顔で突拍子もないことを言ってくる彼女に、俺はどんな顔して何と声をかければいいのか、わからなくなってしまった。  「……何か悩みが、あるのか?」  「うーん今のところは大きい悩みはないかなぁ。強いて言うなら、最近野菜の値段が高いとか? あとは……」  「そういうのじゃなくて」  「そうだよねわかってるよ」と俺の心を見透かしたようにけらけら笑う彼女に、死ぬ理由を聞くのが急に怖くなって、それ以上問い詰めることができなくなった。  水が入っていたじょうろをベランダに置くと、彼女は八畳のフローリングにごろんと仰向けになった。その隣で体育座りの俺。二人で一緒にホームセンターで選んだ花は、ようやく小さな蕾ができたばかりだった。昨日は蕾を見つけて大騒ぎする彼女を微笑ましく眺めていたが、今となってはとても憎たらしい。もう一生咲かなくていいのに。  「あっそうだ、花捨てたら私その場で死ぬから、それはやめてよね!」  まさに丁度考えていたところで、「うっ」と声が思わず漏れた。彼女に死なれてしまっては本末転倒だ。まさかポットにちょこんと植えてある植物が彼女の生命線を握ることがあるだなんて、考えたこともなかった。  「……これから、どうするの?」絞り出した声があまりにも情けなくて、思わず泣きたくなった。  「うーん、とりあえずやりたいことはどんどんやる! 死んでから『あーあれやっとけばよかったなー』を無くす!」  やる気に満ち満ちた彼女がフローリングから跳ね起きると、「まずは美味しい朝ご飯を食べる!」と体全体使って大きく伸びをした。
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