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『コード進行の基本中の基本であるドミナントモーションはこうして今だ愛され続けているが……ふと、それはなぜかと考えてみたことがある』
五百ページ以上もあるその指南書を読み切った達成感に浸っていた駈の目に飛び込んできたのは、彼をこの本へとのめり込ませるきっかけになったその用語だった。
『不安定な響きが安定な響きに引き寄せられる――それは、人間が平穏や幸せに焦がれる姿によく似ている。しかし、望み通りそこへと行きつき終結するコード進行とは違い、現実はそこまでシンプルには出来ていないからこそ……私達はそれに惹かれずにはいられないのかもしれない』
いくらあとがきとはいえ、専門書らしからぬそのポエムじみたフレーズは、当時思春期真っ只中の駈にはどこかむず痒くもあったのだが――
(確かにその通りかもしれないな)
あまり順風満帆とは言えない人生を、じたばたと藻掻くように生きてきた。上手くいかないことばかりの現状を嘆き、英を妬んだこともあった。
そして今……ようやくその呪縛から解き放たれ、しかもこんなに満たされてなお、手離さないと言った傍からもう失うことを恐れている――
「なに、駈……どうしたの?」
ぼうっとしてしまっていた駈を、唇を離した英が覗き込んでいた。
「やっぱり眠くなっちゃった? それとも具合悪いとか……?」
不安げな表情の英に、駈は慌てて首を振る。
「いや、そういうんじゃないんだ。ただちょっと、考えごとしてて……」
その言葉に、ピクリと英の眉が反応した。
「へぇ……結構余裕あるんだ?」
……と、背中を降りてきた指が、そのまま尻の間へと割り入り、熱を持って腫れぼったくなった縁をそろりとなぞる。
たったそれだけで、さっきまで執拗に可愛がられた奥がびくびくとわなないてしまい、駈は咄嗟に疼く腹をきゅっと丸めた。
「……まっ、待て、英」
「なに?」
「せめて、ベッドにしないか」
お互いすでに引けないところまで来ているのは分かっていたので、駈はそう懇願する。
「さすがにのぼせた?」
「いや、それもあるけど……」
「けど……何?」
言い淀む駈に英がわざとそう突っ込むと、駈の顔にさらに朱が差す。
「やっぱりダメか? せっかくシーツも替えてくれたのに、また、その……汚しちゃうから……」
「いや、別にそれはいくらでもどうぞ、って感じだけど……ここでそのままするほうが、駈的にも楽なんじゃないかなって」
後処理してすぐ寝れるしさ、と付け加える英に、駈は赤い顔をさらに赤らめる。
「うん、まぁ、確かにその通りなんだけど……でも」
「……でも?」
その追及に駈ははくはくと口を開けたり閉じたりしたが……とうとう腹をくくったのか、視線は逸らしたままぼそぼそと呟いた。
「ずっと、ここでしてただろ。だから……ふやけてしまったんじゃないか、って……その、ナカの方も……」
そこまで何とか言った後、「いや、これはお前のためでもあるんだぞ!」と駈はやけっぱちに付け足した。
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