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そうやってひとり感慨に耽っていた駈だったが。
テーブルに置いていたスマホがブーッと震え、ハッと意識を戻す。
手に取り、メッセージを確認する。
「……」
思わず緩みそうになった頬をぎゅっと唇を引き結ぶことで耐えると、簡潔な返事を送り、またスマホをテーブルへと戻す。
もうすっかりその場所に馴染んだ指輪をひと撫ですると、駈は少し冷めてきたコーヒーにようやく口を付けた。
店を出る頃には温かい空気はとっくに上空へと抜けてしまったらしく、ひんやりとした風に駈はコートの前を掻き合わせる。
遠くにそびえる巨大なビルは、あの日仰ぎ見たときと同じように、燃え尽きる直前の夕日をその全身に反射していた。
薄暗くなり始めた街はさらに人も交通量も増し、駅前の交差点は赤信号でせき止められた人たちで溢れかえっている。
ビルの中段に取り付けられた大型スクリーンは、以前と変わらず最新音楽ランキングを大音量で流し続けていた。
「あっ、あれ、ナオの好きな人じゃん!」
明るい女子高生の声に、ついつられて画面を見る。
そこに映っていたのは、スタンドマイクに両手をかけ語るように歌っている人気のシンガーソングライターと、そして……彼女の隣で椅子に腰かけ、静かにギターを奏でている英の姿だった。
『交わらないはずの二人が生み出した化学反応……抑えきれない気持ちをバラードで切なく歌い上げるこちらは現在、じわじわとチャートを上昇中! 引き続き目が離せません!』
「やっぱサヤマスグルってカッコいいよね、この曲も超沁みるし」
彼女は声を弾ませ、隣の少女を見やる。
だが、その少女はあまり浮かない顔で、「うーん、まぁ、ね……」と冴えない相槌を打った。
「何なの、その反応。もしかして飽きたとか?」
その台詞に、少女はすぐに「んな訳ないでしょ、あんたじゃあるまいし」と隣を軽く睨み付けると、「ただ……」と言葉を濁す。
その不穏な響きに誰より早く反応したのは、隣の彼女ではなく駈の方だった。
ネットで彼のことを検索することはたまにあるが、直接誰かが何か――特にマイナスなことを言っているのを聞く勇気はなかった。
駈はこっそりその場から離れようとした……のだが。
「私はこういう曲よりも、アルバムの曲の方が好きなんだよね」
その言葉に、駈はぴたりと足を止める。
「アルバム? そんなの出してたんだ?」
「うん、今から一週間前ぐらいかな」
「ふうん?」
隣の子はあまり関心のない様子だが、ナオと呼ばれたその子は気にせずに語り始めた。
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