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「もちろん、ヒットした曲のセルフカバーとかもあって、それはそれで最高なの。ただそれよりも、そのアルバムのために書いた曲の方がずっと印象的、っていうか……」
「へぇ……そんなにいいんだ?」
「うん。ただ……正直、最初聴いたときは『何だこれ』って思ったけどね」
「えっ、どういうこと?」
「なんか、今までのサヤマスグルのイメージとだいぶ違う気がして。不安になってレビューとか見たけど、やっぱりそんな風なこと言ってる人もいたし。でも……どうしてかな、そっちの曲の方が不思議と耳に残っちゃって。気付いたら、何十回も聴いてたりしてさ」
「何それ、めちゃくちゃハマってんじゃん!」
「……」
こんなに思いきり盗み聞ぎするだなんて……と初めは気が咎めていた駈だったが、気を抜くとうんうんと頷いてしまいそうなほど真剣に聞き入ってしまっていた。
「いや~そんなにナオが推すんなら、私も聴いてみよっかな!」
隣の子の言葉に、彼女はパッと嬉しそうな顔をしたのだが。
「……でも、人を選ぶとは思う。メグには合わなそう」
「何その言い方~! 絶対馬鹿にしてるでしょ?」
「いや、そういうんじゃないけどさ……こういうのって、分かる人にしか分からないからなぁ」
「ほらー! やっぱそうじゃん!」
目の前の信号が青になり、じゃれ合う彼女たちが雑踏に消えていく。
駅へと飲み込まれるような流れの中で、駈はとうとう我慢できずに口元を綻ばせた。
「……っ」
緊張の面持ちで、玄関ドア横のチャイムに指を押し付ける。
その数秒後……ガチャリと開けられたドアから顔を出した英は、目をまん丸くして赤い顔の駈を見つめた。
「そのまま入ってきてくれて良かったのに……っていうか、電話くれれば迎えに行ったのに」
中へと招き入れられながら、英は「今日は早く終わりそうって言ってたのにさぁ」と少し口を尖らせ、駈の強風で乱れた髪を撫でつける。
あまりに自然なその仕草にも駈は未だに照れが勝ってしまい、彼の顔から目を逸らしてしまったのだが――
駈はポケットに手を突っ込むと、ゆっくりと中から何かを取り出した。
「だって、これ、使ってみたかったから……」
英の目の前に翳されたのは、一枚のカードキー。
それは、先日英が駈に渡したものだった。
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