dominante_motion

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とんとん、と肩を叩かれる。 何だよ、人がせっかく気持ちよく寝ているのに……そうむずかっていると、低い声が降ってくる。 「カケルくん、そろそろ閉めるよ」 ハッとして身体を起こす。 バーは既にフロアの照明を落とし、閉店準備も済ませているようだった。 「あっ、す、すみません! 今すぐ帰ります、お会計……」 財布を取り出そうとすると、マスターに止められる。 「ああ、それならタクヤくんが」 「うわ、マジですか……」 再びテーブルに沈みそうになり、慌てて身体を戻す。 「カッコ悪……」 額に手をやり思わずそう呟くと、マスターはいつもの渋い声で「そんな日もあるよ」と笑った。 さすがに3月初旬の夜は寒い。 さっきまでのほてりを一気に吹き飛ばす冷たい風に、ダッフルコートの胸元を掻き合わせる。 ここは都会で、あの青春を過ごした場所とは違う。それを強く感じさせるのがこの時間帯だと思う。 数時間後には朝だというのに、金曜日の繁華街は浮かれた人々でにぎわっている。 どこか人恋しくあの店を訪れたつもりだったのに、結局、来る前よりよほど独りの寂しさが身に沁みる気がした。 『自分がやりたいことやれてるなら、それでいいかな、ってね』 バーでのタクヤの言葉がよみがえる。 「やりたいこと、か」 確かに、自分はなりたい職業には就けたのかもしれない。ずっとゲーム音楽に携わる仕事をしたい、そう思ってきた。 でも……今の自分を高校時代の自分が見たら、何と言うだろう。 あんたがしたかったことは楽曲制作じゃなかったのか――きっとそう責め立てるに違いない。 いいや、これも大事な仕事なんだ。むしろ、より高い視点でゲームサウンド全般を把握できるようになったんだよ、そんな風に言い返す自分。でも、やりたかったのはそれじゃないだろう。いや、そんなことは―― 無意味な応酬が始まりそうになって、駈は頭を振った。 そうだ。俺は、制作がしたい……今だって。 でも、それはもう出来ないことだとも分かっていた。 藤河をはじめ優秀な人材は溢れかえるほど大勢いる。 貰ったチャンスを生かせなかった奴が返り咲けるスペースなんて残ってなどいないのだ。 ふと見上げた街頭ビジョンでは、いつものように音楽ランキングが大音量で流れている。 『それでは発表、栄えある今週の第1位は……!?』 ドラムマーチの効果音の後、流れてきたのはピアノによる感傷的なイントロ。そして、聞こえてきたのはハイトーンの女性ボーカル。 『この本をそっと手にするだけで――』 駈なら、きっとなれるよ。だって、こんなにカッコいい曲が書けるんだから―― あの夏の日、あいつはそう言って笑った。 「無責任なこと、言うなよ」 あいつの曲を気持ちよさそうに歌う女に、駈はそう吐き捨てた。
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