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ちはるとレイ
「うわぁっ……!」
「ちはる!」
ドン、というドラゴンの尾が叩きつけられた衝撃は瞬時に地を這い、ジャンプで避け損ねたちはると呼ばれた人物は吹き飛ぶ。
直後に振り下ろされた大きく鋭い爪。
切り刻まれる直前に、真っ黒な騎士の衣装を身に纏う銀髪の青年がちはるを抱きかかえ間一髪でひらりとかわす。
「……大丈夫か」
「お、おう、サンキュ……レイ」
攻撃直後、ほんの少しの間出来るドラゴンの隙の間。
レイと呼ばれた青年は魔法少女のような衣装を身に纏うちはると会話をする。
「怪我は?」
「ない」
「立てるか」
「大丈夫」
「よし、次の攻撃が来たら左右に飛ぶ、俺は右に行く」
「分かった!」
ちはるが地に足をつけるのと同時にドラゴンが立ち上がり、口から吐かれた炎が二人に迫る。
打ち合わせ通りに、ちはるは左へ、レイは右へと飛びながら次の指示をする。
「衝撃波はタイミングがある!次は俺がカウントするから、それまでは事前に行った事を守って自由に!」
「わかった!」
これは今日、このゲームで先程始まった討伐イベント、【復刻:邪竜を討伐せよ】。
以前に攻略したレイに連れられ、ちはるはこのイベント初めてのクエストに出ていた。
邪竜が地団駄を踏み、それが止まるのと同時に、レイが叫ぶ!
「3、2、1、飛べ!!」
ちはるとレイが同時に地面を蹴りあげ、高く飛び上がると、ドン、とドラゴンの尾が叩きつけられ衝撃波が地を這う。
先程とは違い風圧だけを感じて地に着地したちはるは、先程は無駄にした攻撃直後の間のうちにドラゴンの頭部目がけて駆けだした。
レイはと言えば、大きく迂回し、ドラゴンの背に飛び乗り、自身が背負っていた双剣で二つの翼の間にある大きな石にヒビを入れる。
「ちはる、今だ!!」
「任せろ!!」
ちはるが自身より大きな大剣をドラゴンの頭に叩きこめば、ドーンと大きな音を立てて倒れた。
「っしゃあ!」
「やったな」
ドラゴンの上でガッツポーズを取るちはるの横に、倒れる瞬間のダメージを避けるために飛びあがったレイが微笑みながらひらりと着地した。
「前はソロでクリアしたから、衝撃波の事伝えるのすっかり忘れてた、ごめん」
「良い良い、そういう事全然あるし。何より倒せたし!大体、俺の手にかかればこんなもんよ!」
「……ちはるは筋がいいからな」
「……って胸を張って言いたいんだけど」
「何だ?」
倒したばかりのドラゴンからドロップしたアイテムを拾おうとするレイに、ちはるが詰め寄る。
「お前、トドメだけ俺に刺せるように指示してただろ」
「いや、そんな事は……」
「後ろの石も叩くなんて聞いてないけど」
「事実石叩いてからは攻撃力が増すから2人以上いるならこの方法が確実で……」
「トドメはレイが刺したってよかったんだ」
「ちはるのレベル上げが先、だと思ってたんだ。レベリングにこのイベントは向いてる」
「……弱くて悪かったな、復刻イベントなんかに付き合わせて」
俯いてそういうちはるに、レイはアイテムを回収しながら今日食べた昼ごはんの事を話すかのように続ける。
「弱いのは悪い事じゃない。俺はちはるを危険な目に遭わせたくないし、早くレベルを上げて欲しいだけだ。それに俺、他のゲームでもそうだけど復刻イベントはいつも少しやる気が出なくて報酬があってもあんまり回らなかったりするんだ。……今回は一応復刻と元はトロフィーが別だから回収する理由はあるんだけど。ちはるが居るおかげで無事そこまでたどり着けそうだし」
「……役に立ってる?」
「ああ、役に立ってる。このイベントは初心者が育つのには向いてる。というかこのイベントをどれだけ回れたかでサービス開始スターター組のレベル差が広がったぐらいの物だから、今回も気合いを入れて問題ないと思うよ。確認したけど前回のイベント時から経験値に調整が入らなかった。少し前のスターターキャンペーンで入った人達向けの復刻と見て良い。……頑張ろうな、ちはる」
アイテムを回収しきったレイが穏やかに微笑みかけると、静かに聞いていたちはるがレイを見た。
「……レイさ」
「ん?」
「ゲームの事だと一杯喋るのな」
「えっ」
「ギルドでも他でも一緒に行動してきたのに、なんというか、そんなに喋れたんだみたいな」
「失礼だよ」
「そうだけど」
「認めちゃうんだ」
「おう、他に言い方がみつからないんだよ悪いな」
「いいよ、ちはるらしくて」
「らしいってなんだよ」
「嘘をつかなくて正直でいいなって」
「なんか良く分からないけど馬鹿にされてる気がする」
「そんな事はないよ」
そういうと、レイが少し遠くに出現したゲートを指さす。
「討伐も完了したし、今日は戻ろうか」
「おう」
歩き出したレイの後を追うと、ちはるは彼の横に並んでゲートへと歩きはじめる。
ドラゴンの討伐のみが目的のここでは、他のモンスターは出ないので、後はゲートを抜ければクリア。
数多のプレイヤー達が出入りする、クエストを受ける為のロビーへと自動で戻る事になる。
ゲートまでまだ距離がある中、ちはるが伸びをすると、組んだ手をそのまま頭の後ろへと回す。
「……改めて、こんな事になるとは思わなかったけどな」
「普通のゲームでもイベントは良く分からないけど」
「まあ、そうなんだけどさ」
「?」
俯いて少しだけ頬を染めながら、ちはるはレイの方を見た。
「俺とお前の関係は、その、なんだ。『特別』、だろ」
「……『特殊』、とかじゃなくて?」
「お前のそういう天然なところちょいちょいムカつく!し、特殊だとなんか変な事してそうだろ!!」
「ごめんごめん、特別なのは事実だけど、関係性はほら、特別とも違うような。そういう意味はないよ」
「そうか?……ならいいんだけど」
二人は同じギルドに所属している。
レイは基本的にはソロでゲームを楽しんでいたので、ギルドも一人のままでプレイをしていた。
フレンドも戦場でプレイスタイルが一致し、相性が良かった野良プレイヤーをたまに承認また申請するか、リアルで面識を持つ者だけ許可していた。
レイが許可した面々は誰も彼もが熟練のゲーマーであり、彼自身の実力も高かった、人数で協力が必要な場合は、その数少ないフレンドが集まれば十分だった。
自分のペースで、出来る範囲でゲームを楽しむ。
それが彼の長い間続けてきたプレイスタイルだった。
だが、今は違う。
ちはると相談し、必ず一緒にログイン。
クエストをクリアし、決めた時間でログアウトする。
それが今のレイのプレイスタイルになっていた。
レイに合わせてちはるがゲームを始めたから、ではない。
二人はこのゲームの中で出会い、今の関係性になった。
ただ仲が良くてべたべたとしているわけではない。
このゲームの中でちはるは、レイの傍を離れる事が出来ないからだった。
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