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ちはるが中に入って行き、名残惜しくて一度振り返る。
すると、レイがまだいたので、店の前のガラス越しに軽く小さく手を振る。
レイは困ったように眉尻を下げてから同じように手を振ると、向きを変えて商業施設の立ち並ぶ中へと歩いていった。
去りゆくレイの背中を少しぼんやりと眺めた後、首を左右に振る。
―― これは選んだアバターの影響なのか、それともレイがイケメンだからか、いや、優しいからか。
何となく胸が熱くなるのを誤魔かすように、目の前の店の中を見る。
意識が向かいすぎない程度の内装と、服の色味が良く分かる白のライト。
あくまでも主役はファッション用品であり、それが最大限に良くみえる工夫がされている気がした。
全体的にパステル調で揃えられた店内は、普段の千尋は入るのを躊躇う程可愛らしかった。
今の「ちはる」としての容姿であれば問題なく馴染むのだが、リアルでは黒ベースの服しか着ない為、浮いてみえるだろう。
「えっと、対象の店ってレイさんは言ってたけど、商品に決まりとかあるのかな……」
店の壁際によって、貰ったチケットの詳細を確認する。
対象かどうかは鏡を見れば分かるようになっているらしく、対象外の商品を選ぶと「交換」ボタンが表示されない仕様になっているようだった。
試着は買う買わないどちらにしても店内でなら行う事が出来るらしく、ひとまず何があるか見てみる事にした。
良いなと思った白のフリル多めのパステルブルーのワンピースに手で触れると、視界の端に「試着リストに追加しました」と小さな画面でポップアップ表示された。
「わ、便利……」
思わず声が漏れたのを手で押さえる。
店内には小さめにBGMが流れており、喋っても問題はないとは思うのだが、なんとなく気恥ずかしかった。
周りを見回してみるが、今は人が居ないらしくちはるは気兼ねなく店の中を一周する事にした。
と言っても、あまり服の事が分からない千尋は適当に着てみたい服をピックアップしただけで、さほど時間はかからなかった。
今度この店に来る時までにどういう組み合わせが可愛いのか調べておこう、と思いながら、壁沿いに並ぶ5つの鏡のうち、一番奥の前に立つ。
今のちはるはゲーム内通貨を持ってはいるものの、この店の商品を買うまでの手持ちは無いようだった。
「この手の衣装、割と高いイメージはあったけどゲームでも共通か……まあ再現度考えるとそうだよなぁ」
残念に思いながら、対象外のものは試着してから、リストから除外していく。
一方で、「欲しいものに登録」という項目があったので、静かにそちらに追加する。
期間限定の物はともかくとして、それ以外の通年商品は新作に埋もれがちになる事を考えての項目だろう。
運営の思惑にがっつりハマっている気はしながらも、ちはるは色んな服に着替えるだけでも楽しめていた。
そして、少し悩んでからオフホワイトの長袖で膝下丈のワンピースと、同じ色合いのベレー帽のセットで「交換」ボタンを押そうとした。
その時だった。
「うわっ……!?」
急にガクンッ、と世界が大きく揺れ、目の前が真っ暗になった。
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