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ゲーム開始
それは数か月前の出来事だった。
「本当に、俺は手に入れたんだな……」
ちはるは……もとい、ゲーム内で「ちはる」と呼ばれていた男。
大城 知尋(おおぎ ちひろ)は、まだこのゲームを初めてもおらず、ネットのSNS上で時々フォロワーや共有で流れてくるスクリーンショットや配信動画を眺めているだけだった。
というのも、このゲームは体感型のゲームであり、VR用の専用機器が必要だった為、評判は良く興味はあったが、プレイするまでのハードルが高かったのだ。
仕事の合間でゲームをしている知尋の部屋は少々荒れており、今までのゲームハードに、新しい物を二つ置く程度はなんともなかった。
だが、その専用機器を置く場所がなかったのも理由の一つになっていた。
会社の方でリモートワークを導入する事になり、長かった通勤時間がほとんど無くなった事で他の積んでいたゲームやアプリのイベント、キャラの育成が順調に進んだ。
結果、積みゲーはトロフィー要素が主となり、アプリはイベントはともかく育成に余裕が出てきて、SNSをチェックする時間も増え日に日に興味が増していった。
仕事の後の積みゲーの解消とアプリのイベの間に、部屋の片付けも少しずつ進めて行き、ゲームをプレイする為の最新VR機器を購入する為の場所を確保した。
「まさか場所を確保した頃にはさらに評判が上がってて、予約合戦に参加する事になるとは……予定よりも遅くなっちまった」
知尋と同じように片づけを進めた者がいたのか、それとも評判を見てから買おうと思っていた人の数がゲーム会社の想定よりもかなり多かったのか。
どちらにしても需要の高まる時と、知尋が予約しようと思っていたタイミングが重なり、片付けてからしばらく経ってようやく手にしたのだった。
片付けた事で仕事も進み、他の積みゲーもアプリも進んだ事で、より集中してプレイする事が出来る環境が整えられていた。
「それじゃあ、早速やってみますかね」
念願叶ってVR専用機器を手に入れた知尋は、片付いた事で広くなった部屋でゲーミングチェアに腰かけて装着した。
頭にはめるだけの物ではあるのだが、フルフェイスのヘルメットに近い形状をしている精密機器は少し重いが椅子のおかげで負担は少なかった。
電源を入れれば、目の前にゲームのタイトルが表示される。
――『Blaze Shift(ブレイズシフト)』。
「START」を選択すれば、オープニングムービーが流れ始める。
様々な種族や人々が行き来し、街は商業も栄える大国≪ブレイズ王国≫。
当代の王は特に賢く、他国との同盟も結んでおり関係も良好。
公共の設備管理も行き届き、地方への支援も忘れない平和な国家。
街を行く誰もが成功を夢見て、希望を胸に抱き、明日を疑わなかった。
突然中心部となる都市の底から溢れ出した『魔界の炎』。
崩落する建物、悲鳴が響き渡り、人々が積み重ねてきた何もかもが焼き尽くされていく。
『魔界の炎』が出た場所からは止めどなくモンスターが現れ、炎よりも先に近隣都市へ侵攻、破壊の限りを尽くしていく。
抵抗する術を持たない人々は、ただ恐怖に怯えるしかない日々が続いた。
近隣都市は焼き尽くされ、王都が機能を止めた事で連絡が来なくなり、異変を察したある地方都市。
人々は門を閉め、怯えながら家の中に引きこもっていた。
政治が行き届いていた名残で、遠方に行くような金銭は持っていなかったのだ。
王都程の守備もなく、堅牢な訳でもない門は現れた巨大なモンスターにいともたやすく破壊されていく。
――その時だった。
今まで見た事もない紋様を帯びた装備を身に着けた騎士が、颯爽と現れモンスターを倒した。
騎士に続き同じ紋様を身に着けた、それぞれ違う装備の戦士達が現れ、自らの得意な戦い方で次々と迫りくるモンスター達を退けていく。
『魔界の炎』が迫りくるのとは反対、街の奥の見張り台に居た同じ紋様の魔法使いが杖を天に向けてかざす。
木製の塀に向かって蒼白い光が飛び散ると、天空高くへと透明な壁が作り上げられ、モンスターは中へは入って来れなくなった。
その日初めて、ただ破壊されるだけの人類が抵抗の術を見つける事となった。
曇天に包まれていた空は透明な壁の中だけに晴れ間が見え、天使の梯子が戦いを終えた者達をスポットライトのように照らしだす。
そして、再び最初に現れた騎士が彼らその光の中心に立つと、腰に携えた剣を抜き天に向けて掲げる。
剣に反射した光で画面は白くなると、騎士のアップへと切り替えられる。
そして彼は声高らかに名乗りをあげる。
――「自分達は『魔界の炎』に対抗する存在、『ブレイズシフター』である!」と。
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