レイとの出会い

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ちはるは向きを変えたすぐそこに、ぼんやりと立っている青年がいる事に気づかなかった。 青年もちはるには気づいていないのか避ける素振りは見えない。 ゲームを始めたばかりのちはるは、歩くのには慣れて来てはいたものの、避ける事には元の知尋の体型との差で慣れておらず目の前に立っていた彼にそのままぶつかった。 「わっ」 「おっと」 どん、という音がして体格差で後ろにひっくり返りそうになったちはるを、青年は手を伸ばして支えようとしたが反応が一拍遅かったせいか届かない。 転んでしまったちはるは青年を見上げ、青年は支えようとした事で前かがみの状態のまま、少女マンガでならありそうな状況で互いに見詰め合っていた。 基本は真っ黒で、銀色に縁どられた騎士と呼ぶのに相応しいインバネスコートの衣装を身に纏う銀髪の青年は、ただ心配そうに眉を下げ、良く通る透き通った高めの男性の声でちはるに話かけた。 「すみません、ぼうっとしていて。大丈夫ですか」 「は、はい、お……私もちょっと周りが良く見えてなくて」 普段あまり口を開かない青年は、マイクで話しかけていた事に一瞬驚いた顔をしていたのだが、ちはるは気づかなかった。 そんな事より、転んだ事でぶつけた尻が思ったよりも痛い事と、手足の長さが違い、立ち上がらなくてはならないのだが、ちはるは自分の頭が混乱しているのがわかった。 上手く立ち上がれずにいると、青年は不思議そうに首をかしげた。 立てない事を言い出せず俯いていると、顔の前に真っ黒で丈夫そうな皮の手袋をはめた青年の手が差し出された。 「えっ?」 「すぐに気付かなくてすみません。嫌でなければお手をどうぞ」 立ち上がるのを手伝おうとしてくれている事に気付き、ちはるが手を取ると、青年はゆっくりとエスコートした。 支えられた事ですんなり立ち上がると、手が離れていく。 動きに無駄がなく、そして外見も合わさり格好いい騎士に見えた。 しばらく見惚れていたが、ハッとして頭を下げる。 「あ、ありがとうございます!」 「お気になさらず。初心者の方、ですよね?」 「あ、はい」 「付き合いましょうか」 「えっ!??」 いきなり告白されたのかと思い、ちはるは一歩後ずさる。 不思議そうな顔で青年が首をかしげていたが、しばらくして自分の言葉が足りない事に気付いて恥ずかしそうに頬を染めた。 「えっと、失礼しました。多分考えている、その内容ではなくて。チュートリアル」 「え?」 何故自分が今チュートリアル中なのが分かったのか、ちはるはドキッとした。 ゲームの世界だと相手の心が読める能力でものだろうか、などと考えをめぐらせていると、青年はちはるの手を指さした。 「手に持ってるのが見えたので」 「ああ、これ……!」 タヌ達に渡されたチュートリアル用の紙。 それがまだ始めたばかりの初心者である事の何よりの証拠だった。 「え、でも」 「ぶつかってしまったお詫びです。少し操作に不慣れなようですし、チュートリアルでもモンスターと対峙します。怪我はしたくないでしょう?」 先程ぶつけたお尻がまだ少しだけ痛い事が、青年には分かっていたようだった。 「はい」 「強すぎるダメージは感じない様になってますが、軽いものほど再現率が高かったりします。小指とかぶつけると痛いですよ」 「えっ」 言われただけで頭の中を今まで何度かぶつけた小指の痛みを思い出す。 何故そんな所までリアルなのか。 「……元々はコアユーザー向けのゲームですから、初期設定がそちらよりで。メニューの中の「設定」に痛覚の項目があるので、そこをOFFにすると切れます。体感出来るのがこのゲームの良さではありますが、慣れないうちはそうしておくのが良いかと」 「ありがとうございます」 「忘れないうちにやっておくと良いですよ。俺と会話してる間は、人も避けると思うので今のうちに」 「は、はい」 先程チュートリアルで覚えたメニュー画面を開いて、言われたとおりに設定を変える。すると、じんじんとしていたお尻の痛みがスッ……と消えた。 わぁ、と声を漏らすと半透明の画面の奥で、目の前で青年が微笑んでいた。ちはるが設定を変えたのが伝わってしまったようだった。 少々恥ずかしさを覚えて俯きながらメニュー画面を閉じる。からかうような素振りは見せず、青年はただそこに立っていた。 あまりにも穏やかで紳士的な青年の対応に、NPCなのかと頭上を確認する。 レイ、と名前が表示されており、その後ろには何も表示されていない為、彼はプレイヤーキャラクターであるのが分かった。 「レイ、さん」 「はい」 「本当に付き合って貰って良いんですか?」 「ええ、今日やろうと思っていたクエストが全て予定より早く終わってしまって。だからといってやりたい別のクエストをするには……時間が足りないので丁度いいんです」 「え、えっと……じゃあ、お願いします!」 普段のちはる――知尋なら断っていた。 沢山のゲームをプレイしている彼は、プレイヤーの中にも悪い事を考えている人物が居る事を知っているし見てきた。 この「ブレイズシフター」は体感型である為、特に気を付けなくてはならないし、注意喚起を行われているのも見かけた事がある。 街中を歩くならともかく、クエストに関してはどのプレイヤーであれダメージを受ける為早々危ない目には合わないだろう、と思ったからだった。 チュートリアルであれば制限時間も長くない為、最悪勝手にポートまで送り返され、そこで違反があった場合は即刻通報する事も可能だ。 危ない目には遭いたくないが、今のちはるの状態では、一人でクエストに赴くよりはレイと行動した方がいい。 「ええ……一応異性同士のキャラクターですので、危険が生じた際のみ接触する事を先に伝えておきます」 「え?」 「あなたが回避しきれない時は抱えて避ける等をするかもしれませんが、それ以外では触らないという事です」 ちはるの間が何を意味していたのか、レイには伝わっていたようだった。 今日ゲームを始めたちはるが警戒する以上に、プレイしてきたレイは色々な事を見て来ていたからこそ出た言葉だった。 「ありがとうございます。あ、わ、私ちはるっていいます」 「……見えてます。ちはるさんとお呼びしても」 「はい。えっと、頑張りますので、助けてください!」 そう言ってちはるは握手を、というより全力で頭を下げてしまった事でまるで付き合ってくださいとでも言うかのように手を差し出していた。 瞳を見開いてレイは固まったが、ちはるなりの信頼しているという意思表示として彼は受け止め、白い手袋に包まれた手を軽く握った。 「……はい、よろしくお願いします」 傍から見るとまるでカップルでも成立したかのような体制で、ちはるはレイと臨時パーティを組むことになった。
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