しんでいるとはかぎらない

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「いやぁ、見てぇ、ほら、このお嬢さんみたいな手ぇ」  通夜の夜、手を組んで眠るママの枕もとでババアが歌うようにそう言った。島のあちこちから湧いて出たジジババが、この度はこの度は、と大声で挨拶を交わし合う。灰緑色のズボンがどすどすと上がってきて香典返しの指図を始める。昨日から何度か見た顔かもしれないが無遠慮な顔や体型はどれもこれもよく似て、その日の服の色柄でしか見分けがつかない。台所で湯をわかし、線香をたきビールを抜き、奥の部屋で勝手に布団を敷いて横になり始めるものまでいて永遠に引き上げそうにない。  ママは、離婚した後、私を連れて郷里のこの島へ帰り、中学校の英語教師をしていた。庭にパラソルを立て、気が向けばアレサを聴きながらドライブをした。島には用事もないのに車で走り回る人間などいなかった。  私は高校3年生までをこの島の古家でママと2人で暮らした。同級生はみんなブラックチョコレートみたいに日焼けしていた。  1週間ほど経った頃。まだ、朝、目を覚ますと、見知らぬオバハンが台所で米を研いでいたりはしたが、ようやく思った。1人になったのかな。血の繋がった家族や親戚は誰もいない。心の糸がすうっとひっぱられた。か細く透きとおって見えなくなりそうだった。  庭先で洗濯機の中の洗濯物が出たり引っこんだり回るのを見ていて、ああ、と思い出した。そうか。1人いるかもしれない。
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