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喉の奥に愛が詰まって、息が止まる。呼吸の仕方を忘れてしまったみたいだ。
「なにー?」
目があったその人は、微笑んで私の頬を優しく右手で撫でた。触れたところからじわりと毒が広がるように、ゆっくり熱に冒されていく。
「あいちゃん」
急に呼ばれた自分の名前に、なんとも言えぬ感情が胸の奥を揺れ動く。
ずるいずるいずるいずるいずるい。名前でなんて呼んだことなんか今までなかったくせに。
不意に触れた唇から、舌が滑り込む。強く握りしめていた手が微かに震えた。離された唇から、こぼれた息は目に見えるほど熱っされていた。
「何その目」
「なんで、こんなこと」
言いかけた言葉を飲み込ませるのは、うっすらと張り付けられた笑顔。緩んだ瞳と、かすかに上げられた口角。そして、乾いた笑い声。
「好きだからだよ?」
返せる言葉は、私は持ち合わせていない。それでも、わかっている。その言葉が真実ではないことを。
「こんなに好きなのに」
震えた喉の奥から絞り出した言葉は、彼の言葉を否定する言葉で。
「だから言ってるじゃん、僕も、あいちゃんが好きだよ」
必死に踏ん張って立ち上がっていた私の足は、もう折られてしまった。たとえ、嘘だとわかってても。
滑らかに滑り込む彼の舌を受け入れれば、体の奥から愛が溢れた。どんどん、私の愛は枯渇していく。彼に吸い取られて。きれいさっぱり、無くなってしまうのだろう。
最後に残るのは、甘い嘘だけなんだろうか。
-了-
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