32人が本棚に入れています
本棚に追加
ミッション失敗
貴之は広大な屋上を険しい表情で駆けていた。
放つ余裕などないハンドガンを手に、後ろを警戒しつつ走り続けている。
迫ってくる厳かな足音は複数。
ヘルメットで顔の隠れた、警備隊のような連中に、貴之は追われていた。
貴之自身が一瞬確認しただけで20人は超えている。
アサルトライフルを持ち、弾除けの防具に身を包んでいる。
初夏の早朝の空は、太陽は見えずともいくらか明るい。
「くっそ……。アラフォー間近のおっさんにはキツいっての……」
アラフォーなどと言ってはいるが、彼はまだ34歳だ。
ましてやその身のこなしはそれ程衰えているようには見えず、むしろ若者に劣らない。
身長は180cmを超えており、捲られたグレーのスーツの袖からは、しなやかな筋肉を付けた血色のいい腕が窺える。
少し長めに残された襟足に汗が滲んでいる。
「おい! 早く何とかしろ!」
切羽詰まった声で、貴之は息も絶え絶えに怒鳴る。
耳にはめた超小型トランシーバーが彼の声を拾い、対の機械へと送る。
『無茶言うなって。数が多すぎるよ』
微かなノイズに混じり、気怠げな声が貴之の耳に届く。
貴之の声に応えたのは、彼の弟である博也だった。
彼は別の離れたビルの上で、スナイパーライフルのスコープを覗き込んでいる。
「何のためのスナイパーだ! 仕事しろ!」
『今何人に追われてるか分かってるわけ? 27人だよ?』
「いいから撃て!」
『しょうがないなあ』
苛ついたように声を荒らげる貴之に対し、博也は余裕な態度を続けている。
直後、貴之の後ろで驚いたような悲鳴がいくつか聞こえだした。
それに伴い、銃が地面に落ちる音も響き渡る。
『5人完了』
してやったりと言うような低い声で、博也が呟いた。
博也の放った狙撃銃の弾丸が、貴之に迫る警備隊の手首を掠め、銃を弾き、次々と戦力を削いでいる。
『兄貴屈め』
事務的に吐き出されたその言葉を合図に、貴之は片膝を地面に滑らせ、身を低くする。
貴之の頭の上を、警備隊のアサルトライフルの弾が風を切るようにして通過した。
その瞬間から、博也のカウントダウンが始まる。
『24。23、22……』
警備隊に対して、"命だけは"なんて選択肢は博也の中から消えた。
相手が殺す気なら、それ以上で返すまで。
貴之は素早く立ち上がり、狙撃に怯んでいる警備隊から距離を取る。
博也は一定のリズムでカウントを取りながら、的確に致命傷を与えていく。
『はい、殲滅』
「ナイス」
貴之が振り返ると、既にそこには銃を構えている者は一人も残っていなかった。
先程の猛々しさなど見る影もなく、血を流し、呻き声すらも上げずに横たわっている。
最初のコメントを投稿しよう!