6人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ
***
聞こえてきた名前に思わず耳を塞ぎ、目を逸らす。
私はもうすべてを思い出してしまった。あの日、車に轢かれようとした私をかばって「空野春人」は命を落とした。
私が、殺した。
本来死ぬはずだった私は今生きていて、本来今生きているはずだった「空野春人」が死んだ。きっと誰もが私のせいじゃない、仕方ない、そう言うだろう。でも、慰めにはならない。
「おはよう。平原さん」
この人たちも仕方なかったと思っているのだろうか?
「一年間よろしくね」
目の前で大切な人が死んだのに?
「まさかまた担任になれるとは思わなかったよ」
目の前に大切な人を奪った元凶がいるのに?
「私はどうしたらいいですか?」
「え?そりゃあちゃんと授業に出て……」
「違います」
どんな理由であれ、他人の命を奪っておいてのうのうと生きていけるほど私は愚かじゃない。
「どうしたら、いいですか?」
言葉足らずな私を見て、野口先生は小さく笑った。
「だから言おうとしてるでしょう?」
せっかちだなあともう一度笑う。
「ちゃんと授業に出て、ちゃんと高校を卒業して、ちゃんと自分の将来のことを考えて」
「……」
「ちゃんと、生きて」
人はいつか死んでいく。うまく生きていたって、誰かのために生きていたって、どんなにいい人だって死んでいく。平等であるかのように見えて全くそうではない。
だって、そうでしょ?
どんなに徳のある行いばかりをしても寿命が延びるわけではない。悪いことばかりしている人の方が長生きすることだってある。いいことをしたって自分に返ってくるわけではない。
自分の行動に意味なんかないんじゃないかって思える。
「私は君に願う。生きててほしいと」
それでも人は選択して生きていく。
「なんでですか?」
「さあ?」
そう言って去っていく担任は、前よりも清々しい表情に見えた。
最初のコメントを投稿しよう!