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誰も知らない、私の秘密。
「あ――――――――お」
私にとっての日常が耳に届く。
「……うん」
誰もが意識もせずにできる当たり前のこと。
「今行くよ」
私はいつからか、私に対して発せられた声だけが聞こえなくなった。決して耳が悪くなったわけではない。その証拠にそれ以外の声はちゃんと聞こえる。
病院で軽く検査を受けたが、どこにも異常は見られなかった。
こんな状態で誰かと仲良くなれるはずなんてない。意思の疎通が取れない私と向き合ってくれる人なんていなかった。
だから私も人と関わるのをやめた。
「き――――――――え?お――――――――お?」
「うん」
お母さんがなんて言ってるのかはわからないけど、だいたい分かる。それは毎日同じことの繰り返しだから分かるだけで、家の外に出てしまえば私に向けられる声は不可解な音へと変わる。何年経っても聞き慣れるものではない。
今日から始まる新しい春も、きっとこれまでと同じ。
「い――――――――い」
私とまるで違う、希望を新しい制服に包み込んだ新入生たちが不安を見つめながら校門をくぐって行く。その新入生たちに挨拶をする校門の前に立った若い先生。
その挨拶が聞こえるのは私に向けられていないからで、
「おはよう!」
「……」
え?
聞こえてきた声の方を見たが誰も私の方を見ていなかった。
……気のせいか。
私の高校生活の始まりは、校庭の桜の木が綺麗に目に映る晴れた日だった。
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