懺悔(旧校舎の亡霊)

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懺悔(旧校舎の亡霊)

 中学生の頃、俺はイジメに遭っていた。  原因はこれといって思い出せない。些細な友達同士の口喧嘩だとか、随分他愛もない事だったと思う。最初はちょっとした悪ふざけ程度の嫌がらせだったから、俺も笑って流していたが、あっという間にイジメはエスカレートした。教科書や上履きを切り刻まれて捨てられたり、体育の授業ではわざとボールをぶつけられたりした。教室では全生徒から無視され、学校へ行くのが辛くて仕方なかった。    親や教師へ相談する気にはならなかった。両親へイジメのことを話せば、心配で取り乱すに決まってる。教師も、今まで俺がイジメに遭っているのに全く気づかないくらいだから、相談しても無駄だろう。  そう考えたのも、今思えばだいぶ精神が参っていたからに違いない。    いつからか、俺の居場所は『旧校舎』になった。学校の敷地の隅にある、コンクリートが打ちっぱなしの古ぼけた建物だ。立ち寄る者はほとんどおらず、嫌なイジメの主犯たちから逃れるのにちょうどいい場所だった。  旧校舎と呼ばれているが、実際は校舎の建増しの途中でなぜか放置された場所らしい。生徒たちはその理由を、旧校舎でなにか事件があったからだと好き好きに空想して噂していた。  俺はこの噂を利用することにした。  ある日。学校で騒ぎが起こった。  旧校舎の男子トイレに、先が輪になったロープがぶら下がっていた。それだけではなく、壁にはこう文字が書き殴られていた。 「僕は20年前にこの旧校舎で自殺したFです。  あの頃、クラスでイジメに遭っていたのに、誰も助けてくれませんでした。  イジメをする生徒も、それを放置する教師も、どちらも憎い。僕はこの学校でイジメをする奴らを許さない。  イジメをする奴は徹底的に呪って殺してやる。」  騒ぎを起こした犯人は、もちろん俺だ。  旧校舎の噂を利用して、『イジメが原因で自殺したF』なる架空の亡霊を作り出した。俺をイジメた主犯たちも、『F』を恐れてイジメをやめるのではないか。そう俺は考えた。  『F』の恨みの言葉は今思えば随分稚拙な文章だが、中学生を怯えさせるには十分だった。一部の生徒はパニックになり、教師が必死になだめていた。『F』の脅しは多少効いたらしく、俺はしばらく平穏な日々を過ごすことができた。  『F』が現れてから1ヶ月後、隣のクラスの女子が死んだ。  死因は自殺だった。遺書が残されていた。 「皆さんごめんなさい。  私は隣のクラスでイジメが起きていたのを知っていたのに、止められませんでした。  一人の男子をみんなで無視したり、暴力を振るっていたのに、見てみぬふりをしました。  私は、イジメに参加していたのと同じです。きっとFに殺されます。  罪をつぐなうために、自分で死にます。ごめんなさい。」  俺は彼女の死を知り、目の前が真っ暗になった。  彼女は知り合いという間柄でさえない。名前を聞いたことがある程度だった。  俺がイジメから逃れたい一心でついた嘘のために、人知れず隣のクラスのイジメに心を痛めていた、優しい女子が死んだ。  全くの他人である俺のために、悩んでくれていた女子が死んだ。  俺が殺したんだ。  その後、俺は親の仕事の都合で転校した。  俺が『F』を産み出した犯人だということは、最後まで知られることがなかった。そして、俺がクラスでイジメに遭っていたことも、最後まで明らかにされなかった。  なぜあのとき正直にイジメに遭っていると相談できなかったのだろう。なぜ『F』などという架空の亡霊を生み出す手段を取ってしまったのだろう。    今でも『F』は旧校舎にいて、心優しい生徒たちを死なせているのかもしれない。
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