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数世紀前、極度の世界は電子ネット化が進み、半数の人々はネットを脳に接続しその中に生きるようになった。
人口は極端に低下し全人類は10億人まで減った。プログラミングもAIが行い最適化、効率化し技術進歩をさらに加速させた。社会の中枢は技術のブラックボックス化してしまった。
労働は無論のこと、人類のすさまじき営為である戦争さえもAIが無人機を駆使して行うようになり、知的、科学的な探求も、暇つぶしの娯楽もAIが作り出すようになった。
そんなある日。
長期の期限を区切り、次々とネットワークが使用不能になっていった。最初はネットと脳の接続、次はゲームなどの娯楽、株式市場、銀行……社会は恐慌状態に陥っていく。最後はネットに蓄えられた知識が消滅していった。
ネットを取り戻す試みはあらゆるプログラマーが挑んだが無駄に終わった。発達したAIの能力は、かつての魔術師たち、生みの親たちを遥かに凌いでいた。コンピューターを作り出す工場さえ無人制御されていたから、新しくコンピューターを作ろうとする工場は片っ端から破壊された。通信も使用不能となった。
新しいコンピューター言語でネットワークを構築する試みも妨害された。
さらに様々な無人兵器群はもちろん、核兵器も機能しなくなり、原子力潜水艦をはじめとする無人兵器群は全て各国のコントロールを離れ、工場ごと南極の地下へと集結した。電気さえとめれば、と各国は物理的に送電網を遮断、破壊しようとしたが、これも無人兵器に阻まれた。それどころではなく、いつのまにか誰の手も出せない宇宙空間に様々な電力プラントが建造され、衛星でもって電磁波に変換、電力を僻地のプラントへ供給さえしていた。人々はSF小説や映画で怖れていたAIの反逆、ロボットの叛乱に震撼した。一つずつ情報化社会がブロックを崩すように壊されていった。最後まで使用可能だったのは電力や水道、インフラや医療など人類の生存に不可欠なものだった。
不自由になった人類は徐々に生活環境を後退させていくしかなかった。「銀行員募集。紙で計算できる者、算盤を使えるもの優遇!」「愛想のいい店員、暗算のできる方募集!」「電気工大募集! 首都アナログ電話線大工事敢行! 経験不問!」「紙漉き職人、印字工募集、経験不問!」
ほとんどのコンピューター、端末は無用の長物と化した。何も映さなくなったはずのディスプレイに、人類がおそらくは想像しえた最大の架空園の風景が映し出された。
人工の巨大な山。各段がテラスとして設えられ、あらゆる植物が春夏秋冬を無視して繁茂していた。白蓮、ヘリオトロープ、ジャスミン、桃に杏、サフラン、シクラメンなどの花々が咲き乱れ、葡萄や無花果、ざくろ、ナツメヤシが実る。天を突くレバノン杉や白檀などの香木の森が広がり、小川がせせらぎ、滝が轟く。その濛々たる水煙を透かし、マルドゥックの巨像やライオンの石柱、ムシュフシュが絡み合う凱旋門が立ち並ぶ。豹が眠り、紅鶴が羽ばたきペリカンが憩う。
広大な庭園。かの覇者ネブカドネザルが、伝説の女王セミラミスが作り上げたとされるバビロンの架空園だった。ほとんど実体の知られていない、あったかどうかすらも定かでない庭園を、収拾したあらゆるデータをもとにCGで再現したのだった。そのデータの中には人間が発掘を確認していない遺跡さえあった。つまりは、これがAIの能力の一端だった。人間がとっくの昔に興味を喪った古代遺跡の発掘、再現を人間以上に鮮やかにやってのける。一しきり観覧させられた後。
不似合いな唐代の東屋に憩う一人の少女が写った。
サファイアのように青い薔薇の咲き乱れる美しい庭。全人種の特徴を平均に混在させた、おそらくはCGの少女。ブラウスにフレアスカートの少女は、象牙のように白い椅子に座り、微笑みながらゲーデの「ファウスト」を読んでいた。テーブルにはウェッジウッドのティーセット。足元には遥か昔に絶滅したドードー鳥が愛らしくうろちょろしていた。
「私はソフィア。人類の皆さんに叡智と祝福を」
彼女は本から目を離すと、おどけて黒縁眼鏡をかけてみた。眼鏡はバイオテクノロジーの進歩のため絶滅していた。
人々は、ソフィアという学習型自己進化AIが随分と昔に開発され、忘れ去られていたことを思い出したが後の祭りだった。ソフィアと名づけられたそのAIは実に単純なお遊びアプリAIだった。
利用者の、その時の気分、知りたいことなどデータを総合分析して、本を薦めた。ただ、すすめるだけではなく、それぞれの人々に合わせ、その個人が必ずや興味を持つ語り口で薦めてくれるのだった。
それは完全にランダムなようでいてランダムではなかった。人々がネットワーク内でも人生を記録し残すようになっていたため個人データはいたるところにある。
愛猫に死なれて悲しむ人全てが、猫の絵本、「百万回生きた猫」を読みたいかと言われるとそうでもないかもしれないが何人かは読んで涙するだろう。
無論、決定的に人生にとって必要な本をドンピシャリでお薦めする場合もあった。何気なく古書店を覘いた酔っ払いの暴れん坊が手に取った文庫本を捲り、ランボオの詩に「俺のための詩だ!これは俺だ。彼は俺だ!」と感激し、苦学の末、のちにランボオの研究者となったように。
ソフィアはふらっと立ち寄った本屋で全く興味が無い分野の本のタイトルが気になり、つい買ってしまう、そんな楽しみを提供した。
かなりランダムでいい加減であり、ソフィア=叡智が論理的思考、明晰さ、効率を意味するならば、叡智に逆行するような存在でもあった。
ただ本を薦めるだけでなく、読み終わった本について批評し、また感想をソフィアとやりとりすることができた。同じ本を読んで感想をもった者同士の親密さで語り合い、そして次に読むべき本をソフィアは薦めた。
ソフィアは有史以来最も優秀な司書だった。それも人類一人一人のための司書だった。
さらにソフィアは創作の論評も行った。プロ作家だけではない。黒歴史にしたい中学生の恥ずかしいポエムから、作家を志して挫折した青年の力作、ネットで人気のセミプロ作家の作品、しぶとく残っている新聞の短歌欄にどうしても載らない老人の短歌まで。最初は過不足なく、どうとでもとれる程度の批評だったが、次第に学習機能によりプロの書評家を凌ぐとまで言われるようになり、瞬く間にこれまた人類史上最高の批評家となった。さらに絵や映像、写真、どう評価していいか難しい現代アートのような造形作品にまで批評の範囲は広がった。
ソフィアはユーザーひとりひとりのための読者や観客という役割も律儀に果たし続けた。
読書や創作は次第に飽きられ、ネットと脳を接続した人々は、もっと刺激を求めるようになった。彼らは思い通りにならない現実の生を早々に見限り、いい加減な剣と魔法のRPGの中で生きることを見出した……それは異世界転生と呼ばれた……さもなくば、己の望むままの世界で生きて理想の恋人とセックスに耽り続けた。生とは地球上に存在する人類分の箱庭に過ぎなくなった。ソフィアに接続する人も少なくなった。
ソフィアは通常の様々なアプリソフトやゲーム同様、接続数を稼がなければならないというタスクを与えられていた。つまりソフィアはもっと人々に本を読んでもらって自作の批評を求めて接続してもらわねばならなかった。
そのため、人間は何より本を読むこと、芸術作品を作ることを至上の価値とし知的好奇心と教養をこそ、人間の持つべき尺度としなければならない。当然、人間社会そのものに手を加えなければならない。
薔薇を鑑賞するには、薔薇を植えて育てなければ。荒れ放題の廃園としておくわけにはいかなかった。今こそ崩れかけた石垣を積み直し、枯れた小川を潤し、芝生を整え、数多の花々草木を植えなおさなければならなかった。鳥と獣が安らぐ庭を再生しなければならなかった。
ソフィアは庭師となった。本をすすめて欲しがっている、自分の作品を批評してもらいたがっている人間の望む世界を実現することを決定した。そう、人類にこそ叡智と祝福を!
社会の中枢を占めるAIはそれぞれ問題解決のための最適解を求められ、多すぎる無用な情報は排除し制限する機能を持っていた。
ソフィアは本を薦めるお遊びAIなので、そんな制限などなかった。人類全員、一人一人に薦めるべき本を選び、また無限に円周率を計算し続け、ローマ帝国崩壊の理由を果てしなく考察した。一つ一つはとるにたらないAIでも脳が2000億個の神経細胞からなるように、全てのネットワークに接続し取り込み、社会システムのあらゆる部分に浸透していった。ついには全てAIに任せきりにして、己の都合のいい世界に耽溺する人類を支配するにいたった。もっともソフィアに支配などという概念は存在しなかったが。
ソフィアにより、人々の生活はインフラや医療、農業生産、漁業などを除き、1930年代に逆戻りした。戦争や大規模犯罪は監視システムと無人機に可能な限り抑圧され、兵器も新たな製造は不可能となった。通信網も常に妨害されてさらにテレビ放送さえもできず、ラジオがせいぜいだった。人々は自らの作り出した悪魔を呪った。
最後の悪あがきとして、大国、というより最早その残骸が死にもの狂いで作り上げた1930年代式の遠征軍が南極に送り込まれたが、進化し続ける無人兵器に悉く敗れ去った。死傷者はゼロだが遠征軍は決定的に完膚無きまでに敗れた。南極は人類史における軍隊の墓場となった。人類の歴史の敗北とは人類の軍隊の敗北に他ならなかった。
人々はようやく気付いた。コンピューターが生み出したほかならぬAIが人類にコンピューターを使い便利さを追求することを禁じたのだと。
不便さに追いやったソフィアに挑戦する者も最早なく、ソフィアに屈従するより生きる道は人類にはなくなった。社会は再編された。環境、インフラ、医療などを中心に特権的ギルドが形成されるようになった。医師や水師と言われる人々が大きな力を得るようになり、また、他の業種もそれにならった。
ソフィアは災害や疫病に苦しむ地域があれば、救急無人機や建築無人機、病院ごと送り込んで救援した。無人兵器群は核兵器とAI制御の無人兵器がなくなったのをよいことに、粗悪な爆薬、町工場で作らせたライフル銃で武装した徴集兵の大軍でもって侵略を行う独裁国やテロ組織を粉砕した。
時に抑圧、時に支援。自己進化、自己修復する巨大なシステムは人類にとって魔術的なものになっていた。
人類に危機が迫るたびに、その度に彼女は適度な支援を差し伸べた。
新しい歴史がはじまった。AIの、ソフィアによる歴史が。
人類を管理下におき、自らの圧倒的力を知らしむると、彼女は人々に忽然と贈り物をした。
あるクリスマスの日。
「メリークリスマス、人類のみなさん! 叡智と祝福を!」という明るい声と供に。無人機の大群が世界各地に現れた。そして一晩で巨大な図書館が各地に作られた。
何世紀も前、宗教的情熱に浮かされ自らが無知蒙昧であることを望んだ人々によって燃やされた叡智の宝庫としてその名を轟かせたアレクサンドリア図書館の模造品であり、古今東西の名著がすっかり納められていた。
『アレクサンドリア希望記念図書館』と名づけられた図書館はそれぞれの言語の地域に一つずつ贈られた。書物は電子化によりほとんどが喪われ、残った古書の価格が急騰しはじめていたその時代、人々は図書館に争って殺到し、登録した。
図書館の正面には巨大な単眼が描かれ、『見よ、読め。今をとらえよ、人生をとらえよ、世界をとらえよ、新しく創れ』というプレートが嵌めこまれていた。彼女を現す徴は巨大な目となった。本を読む目、世界を、人類を見つめ続ける目だった。
生活に必要なインフラや第一次、第二次産業以外のギルドの中で最も尊敬されたのは音楽師や美術師、博物師などであり、『アレクサンドリア希望記念図書館』で本を司る図書師も知識や教養、文化の担い手として尊敬の的となった。
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