あの空の向こう側の島

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あの空の向こう側の島

 古い木目調の教室に光が差して光が微細な埃を輝かせる。行儀よくチェスの駒のように並んだ白いブラウスに黒いスカートの女生徒たち。二年目の春、クラス替えがあってもかわり映えのしない金太飴のような風景。 「中間考査、三番青葉さん、二番鷹城さん……」  好意的なさざめきが広がる。 「一番、黒石さん」  逆に嘲るようなくすくす笑いで教室が満たされる。 「静かに」  先生の一喝に即座に静まり返る。ここ、霧谷女学院は品行方正、清純な富裕層のお嬢様が検品された苺のように揃っている。そうでないのは特待生の私および他クラスの数名程度だった。 「お勉強はお出来になるけれども、なかなか近づきがたい方」 「とても奥ゆかしくて個性的な方」 「複雑な御家庭、御家族のお手元が不如意で御可哀想な方」  私、黒石翠に対する噂話だったが、それが悪口であるということを理解するのに一年かかった。要するにコミュ障でシングルマザー家庭の貧乏人ということだった。そもそも私は、お嬢様揃いの彼女たちと共通の話題も無いし、社交下手だった。特待生=貧乏人である。私自身は食べるに困るほどの貧しい暮らしをしたことはないが、節約を考えたり月末のやりくりをしなければならない時点で、彼女たちの基準では貧乏な家庭なのだ。彼女たちの軽やかなさざめきのような嘲りは決して心地よいものではなかったが、露骨ないじめはない。中学生の頃は持ちものすべてに気を配らなければならなかった。盗まれて捨てられたり、飲み物をかけられたりする。クラスの人気のある女子は自身が下僕になっていることに気付かない愚かな下僕の男の子をマスチフ犬のようにけしかけてくる。暴力や嫌がらせに脅えなくてもすむ環境は私にとってありがたかった。これも祖母のおかげだろう。  祖母がこの素晴らしい霧谷女学院に入るようすすめてくれたのだった。「みんなが仲良く、友だちで、とても楽しい女学校生活をおくれたのよ。緑は頭がいいから入れるわ」年寄りにありがちなことだが、必要以上に過去の思い出を美化しているようだった。祖母が霧谷を楽園のように感じたのは、もとは藩のお殿様に連なる家柄だったからだろう。  家柄……そんなものを気にするなんて不思議に思えたが、とにかく霧谷女学院は家柄が物を言った。私と同じ程度の風采の上がらない外見で私より成績も悪く、そう受け答えもしっかりしておらず、陰気な子でも「あの方の曽祖父様は伯爵でいらしたんですって」「まあ!そんな方とお近づきになれるなんて光栄ですわ」「あの方、大企業の御令嬢なのよ」「気づかなくて損をいたしましたわ。なんて素敵な方!」とかいうやりとりをしている。学校は私とはずれた場所ではあったが、今までの環境よりはるかにましだった。友達が一人もいなかろうが、陰口を叩かれようがなんでもない。とにかく乱暴で声の大きい異種族の男の子がいないのが幸いだった。
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