◇知らなかった温もり

37/39
364人が本棚に入れています
本棚に追加
/166ページ
ゆらゆらと揺れるのは私の気持ちだけかと思っていたら、視界も揺らめいていた。 「違うんです。あの……、嫌なんじゃなくて、いろんな感情がこみ上げてきて、勝手に溢れ出てきちゃって。だから」 「ごめん。もっと、ちゃんと気遣うべきだった」 持ち上げたブラウスの裾を元に戻したあと、茂野さんは私の頭に手を乗せると前髪を優しく撫でて、言った。 「泊まってく?って言いたいところだけど。送るから、支度してくれる?朝永」 声をかけたあとでソファから立ち上がって、まだ動こうとしない私を不思議そうに振り返ると、再び「朝永?」と、名前を呼んだ。 「さっき、“みやび”って呼んでくれました」 茂野さんは面食らったような表情で、口元を覆っている。 「……すみません、子どもみたいなこと言って。何でもないです」 少し口早に言いながらソファから腰を上げて、多少のスーツの乱れを慌てて直した。 鞄を取ろうと屈もうとした瞬間、後ろからウエスト周りに腕が伸びてきて、力強く抱きすくめられた。
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!