16 番外編(side陸斗①)

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16 番外編(side陸斗①)

 すっかり、葉桜になり、時々、汗ばむ日も増えてきた。  加奈子の会社に行くのは、今日で5回目だ。加奈子の会社に行くってだけで、仕事にやる気が出るからゲンキンだよな。今日の打ち合わせに加奈子は同席しない予定だ。でも、一緒に帰りたいから、そのまま直帰にした。会社の側のカフェで、加奈子が終わるのを待ってよう、と考え事しながら、歩いてたら、エレベーターの前に立ってる男性に見入ってしまった。 「雪斗?」  男性は、雪斗が大人になったら、こんな感じだろうと想像した姿に近かった。驚いた顔をしていたが、自分に向けられた言葉だと、はっきりわかっている表情だった。そして納得した様子で。 「加奈の知り合い?」  びっくりして、腰が抜けるかと思った。加奈子を加奈と、呼んでることに動揺した。幽霊を目の前にしている気分だった。深呼吸して、名乗ることにした。 「笹木、です」 「あ、もしかして、陸兄? 真知子さんの息子さん?」  言葉が出なくて、うなづくだけだった。何でお袋の名前を知ってるんだろう?疑問が顔に出ているみたいで、いろいろ答えてくれた。 「えっと、  高橋と申します。  伊藤さんとは、同期なんです。その繋がりで、真知子さんとも、年一ぐらいでサッカー観戦に行ってるんです。いろいろお世話になってます」  お袋と加奈子が、2人でサッカー観戦してるのは初めて聞いた。加奈子のおじさんと一緒ならわかるけど、何だかよく分からないまま、挨拶をして別れた。    加奈子には、『一緒に帰りたいから、会社の側のカフェで待ってる』と、メールした。  加奈子に会うまで待てず、カフェに入る前にお袋の携帯に電話した。 「もしもし、どうしたの?まだ仕事じゃないの?」 「うん、ちょっと、時間空いたから」 「加奈ちゃん、来週、実家に帰るって言ってたけど、陸斗はどうするの?  あんまり、束縛しないでね、私も会ったり、遊んだりしたいんだから」  遠回しに、帰宅しないように言われてる気がする。加奈子が実家に帰る週は、自分も実家に帰るつもりでいたんだけど。 「・・・高橋さんに会った。  真知子さんにいろいろお世話になってますって、挨拶された」 「・・・フフフ、びっくりした?」 「びっくりした」 「加奈ちゃんと入社が一緒で、仲良くなったの」 「何で、母さんが仲良くなるんだよ。」 「加奈ちゃんが新人研修の時、サッカー繋がりで仲良くなったの。加奈ちゃん、お父さんの影響でサッカー詳しいじゃない。今度、サッカー、一緒に見に行こうって。  でも、加奈ちゃんのお父さん、赤いチーム嫌いでしょ。私たち、内緒で行くしかなくて」 「サッカーの話で盛り上がって、何で母さんも行くんだよ」   「加奈ちゃん、入社式で高橋くん見てびっくりしたんだって。雪斗に似てると思うから、写真見て欲しいって、送ってくれたの。似てるかも、とは思ったけど、写真だとね。  そしたら、私にも写真じゃなく、リアル雪斗を見せたいって言い出して、高橋くんの好きなチームの試合を一緒に見に行ったの。  雪斗が生きてたら、こんな感じかなーて、初めは、高橋くんに興味があったんだけど、いまでは、サッカーも楽しくなったの。  でも、加奈ちゃん、他のチームのホーム側に座るのは、違和感というか、お父さんや推しチームに悪いと思うみたいで、居心地悪いみたいで。  だから、私が、また行きたいなーと、言ったら、アウェイならいいかもって。1年に1回ぐらい、高橋くんのアウェイ遠征に一緒に連れてってもらってるの。ついでに旅行して。     去年、北海道行ったし、一昨年は、大阪行ったのよ」  北海道旅行の土産を貰った記憶は、ある。あれ、加奈子と旅行に行ったのか、何にも言ってなかった気がするけど。 「楽しそうだね」 「楽しかったわよ。野球場にもなる屋根のあるスタジアムで見やすかったわ。気候もいい時期で、函館まで足を伸ばして観光も満喫できたし。『活きイカの踊り丼』とか、加奈ちゃんと食べて、びっくりしたの。お醤油かけたら、本当に踊るのよ。  若い子とグループ旅行っていうのも、楽しいもんね。  私も、サッカー詳しくなったの。加奈ちゃんのお父さんに日本代表の試合連れてって貰ったりしたのよ。選手の名前も結構、覚えたわよ。  最近は、陸斗が加奈ちゃんのお父さんとスタジアムに行ったりしてたじゃない?加奈ちゃんのお母さんは、喜んでたわ。開場時間に合わせて行けるから助かるって。加奈ちゃんのお父さんって、何時間も前から、開場待ちで列並びしてるって、びっくりよね。でも、高橋くんたちもそうみたいだし、いい場所取るのも大変なのね」 「母さんにもびっくりなんだけど」 「そう?今年もどこかのスタジアムに行くつもりでいるから、邪魔しないでね。J2から上がったチームもあるから、日程が良ければ、九州とか、いいねって話してるとこ。神戸とか広島もいいよね」 「俺も行きたいかも」 「・・・高橋くん、熱狂的なサポーターだよ。立ってずっと、応援するんだよ。大丈夫?母さんだって、YouTubeでチャントを覚えてから行ったんだから」 「加奈子だって、違うじゃん」 「加奈ちゃんは、推しメンいるのよ。大野選手、代表出てるじゃない。チームじゃなく、大野選手応援してるの。でも、今年、海外行きそうな気がするのよね」 お袋と、こんなにサッカーの話したことなかったから、驚いた。 「あ、そう。  加奈子に会って相談する」 「加奈ちゃんと最近会えないから、陸斗が会うの土日どっちかにするか、同棲でもして、土日フリーにするか、考えてみてよ」 「・・・仲裂く気?  やっと、両想いになったんだから、邪魔しないでよ。  でも、同棲、いいね。そしたら、母さんが、遊びに来れば、いいじゃん。加奈子に話してみる」 「陸斗のとこ、2人で住めそうだもんね。じゃ、決まったら教えてね」  お袋と加奈子が、旅行に行ってたなんて。俺も行きたい。しかも、何回か行ってるみたいだし、全然知らなかった。  今度、俺も温泉とか、誘ってみようと、決心した。
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