6 side加奈子(過去)①

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6 side加奈子(過去)①

 ユキは、小さいこから、運動神経が良くて足が早かった。マラソンもいつも1番で、マラソンの後はドヤ顔してた。  それが、小6のマラソン大会で3番で、マラソンの後にしんどそうな顔をするようになった。風邪を全くひかない子だったのに、発熱するようになって、病院に行った。  受診して、すぐ、入院になった。初めは、肺炎の治療のために入院すると言ってた。たぶん、陸兄もユキも両親に同じ説明を受けたんだと思う。退院して、小学校の卒業式と中学校の入学式に一緒に参加した。  でも、中学校に月の半分も通えなくて、だんだん、入院の回数と日数が増えていった。  一回目の治療で髪の毛がたくさん抜けてた。その時には、肺炎の治療じゃないと薄々わかっていたけど、確認するのが怖かった。  自宅療養の日は、学校のノート持って、毎日ユキの家に行った。そこで学校の話をしながら、宿題をしたり、ゲームしたり、漫画読んだりして過ごした。  私以外の友達も、ユキが珍しいゲームをたくさん持ってたから、始めはよく、ゲームしに来てた。でも、中1の2学期頃から、小学生の頃の同級生は部活が忙しいと、あまり来なくなった。  ユキの中学のクラスメイトが、クラスで手紙を書いてくれた。嬉しそうに1つ1つ読んでた。  返事を書かないといけない雰囲気で、ユキは、頑張って書いたけど、クラスメイトみたいに書く出来事があまりなかった。  皆は、クラスの紹介したり、部活のことを書いたりしてたけど、ユキは、治療のこと以外、書くことはなくて、でも治療のことは、あまり書きたくなさそうだった。  私は、可能な限りユキのそばにいたし、陸兄もずっと一緒にいた。3人で過ごす時間は、すごくあったかくて、心地よく、ケラケラ笑ってばかりいた。  漫画や本の話が、3人とも好きだった。作品ごとに、お互いが好きなキャラクターを発表して好きなところを報告したり、ストーリーの先を報告するのが、好きだった。  少しづつ弱ってく、ユキを見るのは、辛いけど、ユキのそばを離れる方がずっと辛いから。  でも、3人の時間は、中1のバレンタイン頃から、減っていって、なくなった。  ユキが、今年だけは、チョコを自分にだけに頂戴と言い出した。私は、毎年、パパと陸兄と、ユキとユキのおじさんぐらいしか渡してないし、「いいよ」って言った。  その頃から、ユキは「青春しないで死ぬの、ヤダ」とか、「彼女なしで死ぬの、カッコ悪い」とか、言いだした。ユキの1番そばにいる女の子は、私ぐらいだし、私に彼女になって欲しいって思ってるのは、わかりやすかった。  バレンタインにチョコ渡したら、「付き合って」と言われた。私がユキに出来ることが、減ってきてたから、うなづいた。それで、3人の時間がほとんど減って、2人で過ごす時間が増えた。  2人の時間の方が、ユキは弱音を言えるようだった。病気や治療のことも、いろいろ教えてもらった。ユキが愚痴を言って、私が慰める、彼氏と言うよりは、私の弟になったみたいだった。  家族に愚痴を言うと、心配をかけると思っていたようだった。  大人でも、死ぬのは怖いのに、ユキは、死をとても身近に感じていた。13歳のユキは、毎日不安でいっぱいだった。不安が大きくなって、死のイメージを何度も不安を箱に入れるけど、蓋をしても、隙間から出てくるって言ってた。 不安の対処は、難しい。 「死後の世界って、あると思う?」 「何で、生き物は死ぬんだろう」 「死んだら、無になると思う?」  死から遠いはずの年齢で、毎日考えても答えがでない問いを繰り返す、人間の永遠のテーマで、死ぬ瞬間まで、答えは誰もわからない。  答えがある問題のほうが、楽だと思う。  私は、昨日、テレビで見た輪廻転生の話をユキに話した。『日本人は、輪廻転生を40%ぐらいの人が信じているらしい』私も信じてる40%の方の人だと思う。  死後の世界を語る宗教が、誰も見てないのに、なんでそんなことがわかるんだろう、と漠然と思ってた。だから、天国と地獄の存在も、今生きている人が、生み出した想像の産物なのではないか?私は、輪廻転生にも、同じことが当てはまるのに、輪廻転生だけは、切り離して、考えてた。  輪廻転生系のファンタジーに2人でハマって、読み漁る。中学生が異世界で生まれ変わる、そんなストーリーは、現実逃避できるし、会話のネタにもちょうど良かった。自分たち2人で、新しいストーリーを考えるのも好きだった。  私たちは、双子みたいだとおばさんに言われたとこがある。ユキの痛みに寄り添えてたと、思う。寄り添うことしか、出来なかったけど。   おばさんとユキと3人で過ごす時間が、陸兄とユキと3人で過ごす時間より多くなってた。  ユキは学校に行けず、読書の時間が増えてたから、私よりいろいろな本を読んでた。ハグするとハッピーホルモンが出るからと、私にハグするように言ってきたり、真心のこもった贈り物が良いからと、私の手作りのマフラーが欲しいと言ってきたり。私も同じ本を読んだけど、配偶者のハグやスキンシップで、免疫力が上がると書いてた。配偶者のところは濁して、私には、言ってなかった。  そんな、一行を見つけるためにかなり、たくさんの本を読んでいたように思う。根拠がないと、私が「いいよ」って言わないと思ってたのかも。  ある日、根拠のない初めてのお願いされた。 「加奈のファーストキス欲しいな」  ユキは、深妙な顔で、私の返事をじっと待っていた。その頃は、退院もなかなか出来なくてほとんど、病院で過ごしていた。死の恐怖に怯えるユキに肯定以外の返事をすることは、私の選択肢になかった。 「いいよ」  私たちは、病院のべットで5秒ぐらいのキスをした。ユキとキスしたのは、この1回だけだった。夕方の陽射しが、病院の窓から射していて神々しい瞬間だった。  この後、他の根拠のあるお願いは、たくさんあったけど、キスしたいとは言われなかった。  ほとんど、寝たきりになったユキが、最後の我儘を私に言った。 「僕が死んでも、七回忌までは誰ともキスしないで。それまで、僕を忘れないで」  ユキの遺言だと思った。 「うん、いいよ。その後も、ずっと忘れないよ」  2人でずっと泣いてて、おばさんが病室に入ってきてびっくりしてた。  ユキは、私の記憶に残りたがった。存在が消えても、記憶は、語り継ぐことができる。実体がなくても存在する、そんな終わりなら、静かに、抵抗せず、最後を迎えてもいいかなって。  もう、運命に抵抗する気力が、ユキにはなくて、どんな形でも死を受け入れるしかなくなっていた。  その後、ユキは私の誕生日に、中3にならずに空の住人になった。満開の桜が咲いている日で、お葬式の日は、桜吹雪が舞って、空に花びらの音符で、記憶を奏でてるようだった。
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