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9 side陸斗①
桜の季節の3月29日は、ずっと加奈子の誕生日だったのに、10年前から、雪斗の命日になった。ハッピーな濃いめの桜色のイメージから、薄い染井吉野の桜色のイメージに変わってしまった。
今日は、桜が満開で、雪斗が応援してくれてる気がする。決戦は金曜日。今日、加奈子に会えるから、絶対、逃げられないように慎重に。ああ、緊張する。仕事のプレゼンなんかより、大事だ。今日、失敗したら、後がない。
神頼みならぬ、雪斗頼みもしつつ、今日は、朝から気合い入れて出勤した。
大学から、ずっと、一人暮らししてて、実家に帰省する足が遠のいていた。ゴールデンウィークに実家に帰省して、お袋とゆっくり話すのは、本当に久しぶりだった。
「この間、雪斗の部屋を加奈ちゃんと整理して、もう、すっかり綺麗にしたの。七回忌が終わっても、なかなか気分的に整理を出来なかったから、すっきりしたわ」
「何もないの?」
「うん、毎年、少しづつ断捨離してたから、かなり減ってたの。来年で9年だし、10年までには、家のリホームもしたいと思ってたしね。
雪斗の束縛も七回忌までだったし、本当は、去年綺麗にしようと思ってたけど、叔父さんが倒れたり、お義父さんが亡くなったり、バタバタしてたから」
「雪斗の束縛って。
何?」
「あぁ。
雪斗、死ぬ前に、加奈ちゃんに七回忌まで、誰ともキスしないでってお願いしたんだって。
乙女かって、びっくりしたけど、言った後、後悔したみたいで、私に一周忌が終わったら、加奈ちゃんに取り消しするって、言って欲しいって。
本当は取り消ししたくないけど、死ぬ前に彼女欲しいって、言っら、俺に同情して、いいよって言ってくれたから、元彼として、我慢するって。
いろいろ屁理屈言ってたけど、1年は束縛したかったんだと思う」
お袋は、雪斗の話はいつも楽しそうに話す。思い出しながら、笑ってる。
「だから、一周忌が終わったら、その話を加奈ちゃんにしたの。そしたら、加奈ちゃんが、それは雪斗の本心じゃないって。
雪斗が、泣きながら、七回忌まで忘れないでって言ったって。だから、キスがメインじゃなく、忘れないで欲しい方がメインだったって。
だから、約束は守るから、取り消ししないでって、泣くの。
雪斗の遺言だって、加奈ちゃんは言ってた。雪斗は加奈ちゃんにだけ、遺言残したんだね」
ショックだった。雪斗も加奈子も何も言ってなかった。雪斗と加奈子の2人だけの時に、入りにくくて、面会の時間を避けてた。キスをしない約束って、雪斗も考えたなーと、思った。守る加奈子も加奈子だけど・・・。それで、キスを俺だけ拒否されたのか?でも、加奈子は、彼氏作ってだよなと思って、お袋に聞いた。
「でも、加奈子、彼氏いなかったっけ?」
「そう、そう、いたね。
学生の間は、清い交際にしたいって、言って、OKしてくれた人と付き合ったんだって。
だから、浮気されたり、離れてく人もいたみたい」
すーっと、血圧が下がった気がした。
俺は、女子中学生に振られて、ヤケクソになって他の女と付き合っても、しっくりこないまま、今まできてた。ずっと、もやもやしたものを抱えてて、それが霧が晴れてく感じがした。
ずっと謎だった、加奈子がキスを拒否する理由がわかって、付き合ってた彼氏とは、キスをしない清い交際ってことは、その先もしてないってことだよなー。そしたら、七回忌までは、俺以外とはしてないってことになる。
それは、なんか、こそばゆい。
でも、嬉しくなって、ニヤニヤしてしまう。
でも、線を引かれた理由に思い当たって、落ち込む。キスを拒否したのは、弟の雪斗のためなのに、兄のおれが、酷いことするって、あり得ない。
加奈子が逃げたくなるような事を、たくさんしていた自分に気付く。加奈子が好きで好きで堪らない自分。あの頃の気持ちに蓋をするように生きてきた。蓋を開けてしまったら、溢れてくる。ああ、どうしたらいいのか、と悶々としていると。
「私の子は、2人とも加奈ちゃんが大好きだもんね」と言って、母が笑ってる。
お袋の優しい表情に思わず、本心が漏れてしまう。
「加奈子に嫌われてるし、避けられてる」
お袋が、珍しいものでも見たような顔して目を見開いていた。そして、にっこり笑う。
「避けられてるとは思うけど、嫌われてはいないと思うわよ」
お袋が、加奈子は俺を嫌ってないと言った言葉に安堵した。ずっと嫌われてると思っていた。実際、酷いことたくさんしたし。
「今後、家のリホームを考えてるけど、どうするかは、悩み中なの。
陸斗は今後どうするの?実家に戻る気あるの?結婚考えてる?急に二世帯にしたいと言われても困るし、将来を考える時期だと思うわよ。じっくり考えてみて。
今度、お父さんと3人で話しましょう」
俺は、曖昧な返事をして、これから、身辺整理しようと、考えた。
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