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今まで知らずにいた、父の過去に触れなくて良い。今までと同じく、冷たくて理解のない父親として、明弘を憎んでいられる。
「父は、それができなくて」
言葉がうまく出てこない。どうやって言い繕うか。まだ逃げることを考えている。
「やっぱり」
渡辺の言葉は全く予想の外だった。何を指している言葉かわからず、混乱で頭が真っ白になった。
「沢田さん、もしかして認知症なんじゃないですか」
「認知、症?」
言葉をうまく噛み砕けず、途切れ途切れになってしまった。
「病院には行ってないんですか?」
「病院、ですか?」
幸雄は困惑気味に言葉を返す。母が亡くなった後の父の様子が病気だったと考えれば納得いくが、病院のどこに治してくれる医者がいるのか。
「沢田さんは大丈夫ですか」
何でもない、今度病院へ連れていく。そう言ってごまかすことは簡単だろ
う。渡辺は何も疑惑を抱いていないし、言葉の一つ一つを疑うような人間にも見えない。
それでも、未だに息子を亡くした悲しみと戦っている母親を騙すことはできなかった。
「実は、大丈夫じゃなくて」
渡辺は微かに表情を険しくした。
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