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ミナミ
ワタシは所謂、虐待児だった。
キャバ嬢の母と、無職の父を持つ絵に描いたような貧困層であった。
父は滅多に家に帰ることはなく、帰ってきたかと思えばワタシに暴力を振るった。
母はそれを止めるでもなく、「見えない所にしてよね」と鏡に映る自分に化粧をするのに夢中のようであった。
悲しい、苦しい、辛い、初めはどうしてワタシだけが、と思っていたが、段々どうでも良くなってきた。
そしてある時、フツンと糸が切れるような音がして、何もかもを冷静に受け入れられるようになった。
母は愛する男の子供を身籠れば結婚するしかなくなる、という既成事実のために産んだものの、自分に愛などない。
父は母のこともワタシのこともどうでもよく、毎日女遊びをしていて、既婚者というレッテルが貼られる原因となったワタシを恨んでいる。
そう理解すると、諦めがついた。
ある時、父は帰るなりワタシの部屋にのそりと入ってきた。
何も言わずに、部屋に入るとすぐワタシの布団を引っぺがした。そしてペタペタとワタシの身体を触ったのだ。
恐怖で、体が動かなかった。だが父はその手を止めることなく、ワタシのパジャマのボタンに手をかける。
いやだ、気持ち悪い。そう思い抵抗しても、図体だけはでかかった父の手を振り解くことはできない。
やっとの思いでガブリ、と手に噛みつくと、父は思いっきり頬を殴った。脳がぐわんぐわんと揺れた。痛い、どうして、
「逆らったら殺す」という声を遠くで聞きながら意識を手放しかけたその時、
「アンタ、何やってんの!?」
という声が聞こえた。母の声だった。
助けに来てくれたのかと思い、涙が出そうになったが、違った。
母は、ワタシのたった今殴られた頬と同じ側の頬を思い切り叩いて、
「何、人の男をたぶらかしてるのよ!このクソガキ!」
と叫んだ。それ以降は、あんたなんて産まなきゃよかった、だの、死ねばいいのに、だのと散々罵られた。傷ついている暇もなく、止めどなくその暴言は続いた。
やがてその暴言の矛先はワタシではなく父母同士に向き、なんでこんな奴を産んだんだ、などという醜い言い争いへ変わった。
隙を見て、ワタシは逃げ出した。
夜の街は小学生が1人で走るには冷た過ぎた。だが走った。とにかく、家から離れたかった。そのあとどうするかも考えず、家にいたら殺される、逃げなきゃ、とだけ思った。
そして力尽きた。
ボロボロになって倒れている見知らぬ女の子に対して、世間の人たちは冷たい。チラチラと見たり、酷い人は写真を撮ったりしたが、声をかけるどころか、警察に通報する者すらいなかった。
段々視界がぼんやりしてきた。
体が妙に重い。だが気分は楽だった。疲れた時に自然と眠りに落ちるような感じで、とろけるように微睡んだ。
その時、声が聞こえた。
「美波、美波!」
ゆっくり目開けると、必死の形相のおばあちゃんがワタシの肩をゆすっていた。
ワタシは状況が飲み込めなかった。だが次の、
「だめじゃない、こんな所で寝てちゃ。さ、お母さんとおうちに帰りましょう。お昼ご飯の時間よ」
という言葉を聞いて、全てを察した。
このおばあちゃんは、きっと少しボケているのね。ワタシのことを自分の娘だと思っているんだわ。
コンマ数秒で、ワタシのぼんやりした脳内にさまざまなことが駆け巡る。
このままこの人の娘として生きたら、
このままこの人の家に帰ったら、
きっと本当の家より安全に違いない。お昼ご飯にだってありつけるかも。
ワタシはすぐにニコッと笑い「はい、お母さん」と呟き、頷いた。
そしてそのままついていった。
あの時私は、"ワタシ"を捨てたのだ。
その家では、凄く良くしてもらった。綺麗な服を着れたし、温かいご飯、布団、お風呂に毎日ありつける。
初めは"お父さん"が少し訝しんでいたものの、すぐに私を受け入れてくれた。事情はお互い話さなかったが、あちらにも何か考えがあるのだろう。
それはそれで構わないのだった。私には自分を愛してくれる家族が必要で、"お父さん"と"お母さん"には娘が必要。
利害が一致していたし、互いはこれで幸せなのだから。
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