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迎えた週末。空は雲一つなく冴えわたっている。
僕は、日本三名園のひとつ、偕楽園に隣接した緑豊かな公園である、桜山公園にやって来ていた。園内には約三百七十本のソメイヨシノと山桜が植えられている。ソメイヨシノは見頃までまだ少し早いが、まもなく満開になるんだろう。
桜の木を見上げ、公園前に設置された案内板の前で、緊張気味に佇む僕が一人。
緊張してしまうのも無理はない。誰が手紙の差出人なのか。本当にこの場所でいいのか。そもそも、誰がこの場所に現れるかもいまだに知らないのだから!
それでも一縷の望みをかけて来てしまうあたりが、男の悲しい性なのだろうか。
しょうもない、と溜め息がもれそうになったその時、不意に右肩を叩かれる。
「ひゃあ!」
「わあ」
僕の悲鳴と、高いトーンの女の子の悲鳴とが重なって聞こえる。
いったい誰が──と振り返ると、桜色のセーターを着て、花柄のプリーツスカートを履いた女の子が立っていた。驚いたように、瞳を真ん丸に見開いて。
「ええと、野村さん?」
それは、クラスメイトの野村霧華だった。長い髪を二つ結いにして、眼鏡をかけた文学少女。教室で見かけるといつも読書をしているので、僕が勝手にそう思っているだけで、実際は憶測なんだけれど。というか、彼女についてさほど僕は詳しくない。
「こんにてぃは」
多少噛みながら、照れくさそうに彼女はそう言った。
「君が、僕を呼び出したってことでいいのかな?」
「うん」と彼女は頷いた。マジかよ。本当に女の子からの手紙だったんだ。
「もしかして、差出人の名前が無かったから、イタズラだと思っちゃった?」
「それはまあ、思った」
「えっとね、私からの手紙だと知ったら、来てくれないかなって思って。ほら、私ちょっと暗そうなイメージあるから」
「だから差出人書かなかったの?」
たどたどしく言い訳を重ねる野村さんに念の為尋ねると、彼女はこくこくと首を縦に揺らした。なんだか小動物みたい。
*
ところが、告白かな? と自惚れた僕の予測は、早々に裏切られる。
彼女いわく、来週とある男子をデートに誘って告白したいんだけど、そういった経験がまったくないので何を話していいのかわからない。そこで僕を相手にデートと告白の予行演習をしたいのだとか。イタズラじゃなかったことに安堵したけど同時に拍子抜けしたというか。なんとも複雑な心境だが、やっぱり美味い話はなかったというそんな話。世の中世知辛い。
でも──。
「僕も経験なんてないよ」
「そ、それがむしろいいのよ」
うむ。まったく意味がわからない。
告白する相手は、たぶん同じ部活の奴とかだろうか。差し詰め僕は、頼みやすい都合のいい男ってところか。
「ところで野村さん、部活なんに入ってたっけ?」
「え。え? 文芸部だけど」
そうか。本物の文学少女だった。
「ということは、相手は橘の奴か」
「ちちち、違うよ」と彼女はぶんぶん首を振って否定するが、そんなリアクションじゃバレバレなんだよ。
橘は、文芸部所属のクラスメイト。無口で不愛想に見えるけど、(というか、実際そうだけど)女子たちに隠れイケメンだと噂される程度には人気がある。はなから僕に勝ち目なんてないような相手。(とほほ)
「まあ、いいや。わかった。乗り掛かった舟だ、付き合うよ」
「あ、ありがとう」
何を深読みしているのか。『付き合う』という単語に対して、過剰なまでに狼狽えて見せる野村さん。これじゃまるで、ほんとに付き合うみたい。──なんてね。
まあなんにしろ、所詮演技とわりきれば、肩の荷もおりるってもんだ。ちょっとだけ緊張が解けた。
*
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