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そんなこんなで、二人並んで歩き始める。隣を歩く野村さんは、僕より頭ひとつぶんほど背が低い。百五十センチちょっとくらいか? こうして見ると、手足もほっそりしていてスタイルがいいしなかなか可愛い。
これまでそんなに意識して来なかった彼女に異性を感じて、僕の心臓が大きく跳ねる。
仮初。これは仮初のデートだ、と加速していく鼓動を必死に宥めた。
八分咲きのソメイヨシノのトンネルの中を進んでいくと、両脇に屋台が立ち並んでいた。
取り敢えず、どっか覗いてみようか? と声を掛け、最初に金魚すくいをやってみることにした。
「お、可愛い彼女とデートかい」
「そんなんじゃないんです。ただのクラスメイト」
冷やかしてくる青年の店員にバツが悪いと感じてしまうが、野村さんは特に動じた素振りも見せない。ポイを受け取って、赤や黒と色とりどりの金魚を眺めている。そこは否定しておくべきなんじゃないの?
「取れるかなあ」とセーターの袖を捲って気合十分の野村さん。
しゃがみ込んだ姿勢で、水槽の中を気持ちよさそうに泳いでいる金魚を追尾している彼女の黒曜石のような瞳を見つめ、なんだか可笑しくなってくる。
予行演習のデートなのに、そんなに楽しいのかな。
「お手並み拝見。やってごらん」
「い、行きます……!」
「大袈裟だな」
水槽の真ん中付近を泳いでいた金魚に向かい、野村さんのポイが伸びる。すくえた、と思った瞬間、ポイに大きな穴が空いて、残念ながら金魚は逃げてしまう。
「ダメでした……」
「うん。なんというか、色々と、まあ惜しい。そうだなあ、まずポイの進入角度は斜め45度くらいが望ましいかな?」
「そうなの? ちょっと寝かせすぎちゃった?」
「うん。あと、なるべくポイを濡らさないように、と考えがちだけど、これも間違い」
「え、そうなの?」
野村さんが心底意外って顔をする。
「濡れた場所と乾いている場所の境目が、非常に破れやすくなるからね。最初に全体を薄く濡らした方がむしろいい」
「ほほー」
「最後に、狙った金魚が悪い。ちょっと大きめの出目金を狙ったでしょ」
「カワイイかなーって思って」
「こんなの客寄せだから。水面近くを漂っている、酸欠気味で活きの悪いのが狙い目」
「岡本くんみたいに?」
「そうそう。僕みたいな死にかけ……って酸素足りてるわ」
百聞は一見にしかず、ということでやってみますか。ロンティーの袖を捲りながら、眼前にやって来た金魚に向かってポイを一閃。
最小の動作で掬い上げて、すばやくお椀に放り込んだ。
「うわあ、凄い」
「あんまり役に立たないスキルだけどな」
花見とか夏祭りとか。年に数回しか活躍機会のないレアスキルだ。
そのままもう一匹掬ってから、「やってみる?」と彼女にポイを差し出した。
「う、うん」
「あと、見ていて分かったと思うけど、掬う場所はポイの端を使うといい。そこが一番強度があって破れにくい」
言いつけを素直に守る子どものように、四苦八苦しながら挑戦する野村さんを見て頬が緩む。今まで感じていた、大人しそうな印象とちょっと違う。
あどけないというか。意外と明るいっていうか。本当に僕は、彼女のことを何も知らないんだな、と思ってしまう。
悪戦苦闘しながらなんとか一匹掬ったところで、ついにポイに穴が開いた。
なんとか三匹。結果は上々だろうか。
二人で顔を見合わせて笑った。
次に僕らが向かったのは、型抜きの屋台だ。長方形のテーブルに向かい合わせで座り、黙々と型を爪楊枝で突き続ける。僕が突いているのは花の模様。野村さんのは、傘の模様だ。
「これ、面白いんですかね?」
と、野村さんが身も蓋もない質問をしてくる。
「ほ、ほら。ちゃんと抜けたら賞金ももらえるから……」
壊さずに綺麗に抜くことができれば、支払い金額の倍がもらえる。
だがしかし、こういうのは上手くいかないようにできているもので、少し力を加えただけで型は割れてしまう。大抵、きつい曲線部分で、失敗してしまうのだ……。「あ」
なんて不毛なことを考えているうちに、本当に割れた。
「あはははっ」
さも愉快そうに、野村さんが笑う。なんだかバカにされているような気分だ。
笑いながらも、集中を切らさない野村さん。意外というか、彼女普通に上手い。難解な図柄もなんのその。見事抜ききって、ドヤ顔で型を突きつけてくる。
「納得いかん」
「女の子は器用だからね」
そんな感じの謎理論を展開されたが、反論できないので押し黙った。
僕は新しい型を手に取り再び挑む。ところが二戦目も、変わることなく野村さんの勝利だった。二回分の賞金を手にし、彼女の鼻が益々高くなる。
「納得いかん」
「ふふん。これで一勝一敗ですね」
いつから勝負事になったのか、という気もしたが、悔しいと思っている時点で似たようなもんだろうか。
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