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「すいません、解毒薬は置いているのでしょうか! 早くっ。早くしないと、僕……」
「だっ、大丈夫! いま薬庫から出してくるからっ。お客様はどうかそのまま……そのままでお待ちくださいね」
奥へと続く戸口から両手を突き出して押しとどめる身振りをされて、ソォソはぐっと口を閉じた。それからぱっと花が咲くように表情をほころばせた。
――ここには解毒薬がある! 助かった!
「はーっ」
安堵の息を吐いて緊張を解く。くたくたとその場にしゃがみこんで、彼は両手で顔を覆った。
あきらめなくて良かった。ここに来たのは賭けだったけれど、勇気を出して良かった。あの方の言いつけに背いたことは後できっとひどく怒られるだろう。それも命あってこそだ、甘んじて受け入れよう。
「良かった……良かった、アンソニー様……」
つぶやいて目じりにひっかかった一粒のうれし涙をぬぐった時、カランとベルが鳴った。
目の端で確認した店の入り口には、真っ黒な影がいた。
黒い帽子に黒いマント――影に見えたのは闇にまぎれるほど黒ずくめの恰好をした男だった。はっと顔を上げたソォソに向かってその影は言う。
「貴方は、アミンの花の蜜を大量にお持ちだとか。それは大変危険な、禁じられた秘薬なのをご存じで?」
男が発するあまりに冷酷な雰囲気に、ソォソは身じろぎもできなかった。だが、薬屋の店主の言葉で我に返る。
「そうなんですよ旦那! こいつが持ってきたこの壺には、考えられないくらいのアミンが入っている。調薬師のあたしにゃ一発でわかった。お猪口一杯でも殺し合いが起きる代物を、壺いっぱいですよ!」
「っ、ちがう! 何も危険なことなどありません。その蜜は私たちが特別な方法で集めたもの。何もやましいことなどっ……」
言葉途中でソォソの体が浮き上がった。黒い影が彼の二の腕をとって立たせたからだ。気配も無く突然に触れられたソォソの体に本能的に鳥肌が立つ。男は彼を拘束したまま温度を感じさせない声で言った。
「このままお越しいただきましょう。主がお待ちです」
「あ、あるじ? なぜ?……い、いやだ。せっかく解毒薬を。嫌だ! なぜこんな、は、はなせっ!」
ソォソは細い体をくねらせて力の限りに暴れた。だがすぐに両手首を重ねて掴まれ動きを封じられる。それでも必死に抵抗を続ける彼に慌てた様子もなく、黒い影は薬屋のテーブルの上に鈍く輝く金貨を放った。
「働きに感謝する。主からのお気持ちだ」
「ははーっ。このマーチン製薬所めはお館様に忠誠の限りを誓っておりますゆえ。今後ともごひいき賜りますようお伝えくださいませ……」
深々と腰を折る薬屋を一瞥することもなく影は壺を抱えると、片手で楽々とソォソを制した。そして、嫌がる彼を連れて薬屋を後にした。
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