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夜の街
はぁ、はぁ、と息を荒げながら青年は走っていた。
胸には壺をひとつ、大切に抱えて。
「早く。でも……どこに行けば」
あせってまわりを見回すが、彼には目的のものがどこで手に入るのか、見当もつかない――。
◇◇◇◇◇
夜の帳が下りる。街はにわかに活気を取り戻していた。過剰な明かりに彩られた通りには、月を愛でることより狂乱を愛した紳士淑女が集まり、あちらこちらで酔っ払いが上げる奇声と喧嘩の怒号が響いている。
そんな中を簡素な身なりの青年がなりふり構わず走っていく。
青年の名は、ソォソといった。名付け親はいない。自然とそう呼ばれるようになった。
少し行っては歩く人にぶつかり、謝りながらまたふらふらと歩みだすソォソに、見かねた一人の紳士が声をかけた。
「もし、お嬢さん。そんなに急いでどちらに御用かな? 見れば何かを探している様子。よろしかったら私がお手伝いをして差し上げましょうか」
ソォソは突然現れた男に肩を揺らし、反射的に壺をかばうように抱え込む。だが、ゆったりとしたマントをまとい、白手袋にタイを締めたその男の身なりの良さに警戒を解いて、ほっと息を吐いた。
「あ……あぁ、あぁ、ご親切にどうも、ありがとうございます。あの僕、薬屋を探しているのです。こんな時間に開いていそうな場所は他に知らなくて。とても急いでいるんです! お願いします。どこかご存じないですか?」
「ふむ、薬屋とは。どなたか怪我かご病気なのでしょうか? それはお困りですね。ではひとまず、邪魔になりますからこちらの暗がりへ……」
紳士は優しくソォソの肩を押すと、人目につかない道の端に彼を導く。
「あの……」
不審に思ったソォソが呼びかけた刹那、男は豹変した。
ソォソの顔に浮かんだ怯えの色を楽しむように笑うと、まとっていたマントを跳ねのけその体をさらす。きっちり着込んだシャツやベストと不釣り合いに、彼は下半身に何も身につけてはいなかった。
驚き目を見張ったソォソの視線に、男は歓喜して高笑いを上げる。
「愉快だ! 怯えているな可愛いお嬢さん。そう、私のイチモツは狂暴だから気をつけなきゃいけないよ。なに噛みつきゃしない。残念だが私は薬屋の場所など知らないが、それよりこれと遊んで行ったらどうだい? さぁ遠慮しないで触れてごらん」
さあ、と距離を詰める男から目をそらしてソォソはあとずさる。怯えきって震える体が壺をカタカタと鳴らした。けれどこれだけは決して壊したりするわけにはいかない。
――そうだ、こんな所で時間を取られてはいけない。
ソォソは震えをこらえようと奥歯を食いしばった。
今、役に立てるのは僕しかいない。こうしている間にもあの方は苦しんでいるはずだ。早くこれを交換しなければ、あの方は死んでしまうかもしれない。
ソォソは持てる力を振り絞って男に突進した。急な動きにひるんだ男の脇を、そのまますり抜ける。背後で無様に尻餅をついた男のののしる声が聞こえた。一連を目撃していたご婦人のけたたましい笑い声をかいくぐって、ソォソはまた走った。
いつもならもっと軽やかに走れる。だが呼吸は浅く、緊張と酷使とで力の抜けた足がからまる。とうとうバランスを崩した彼は、音を立てて道に転がった。
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