第三章 懲悪する惡

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第五話 サイレントサード  昼間に営業している変わったバーシオン。夜の仕事をしている人たちが通う。 「マスター。ありがとう」  カウンターに座っていた一人の女性が席を立つ。  マスターは、手を上げる。勘定が終わっているという合図だ。 「そう・・・。マスター。まだ残っている?」  女性から言われて、マスターはノートを見てから、うなずく。  マスターからの言葉を聞いて、立ち上がった女性はカウンターに腰を戻す。 「マスター。最後に、一杯いいかな?」 「はい。何に、しましょうか?」 「そうね・・・(シオン。君を忘れない)」  女性は、壁にかかっている紫苑のドライフラワーを見つめてから、マスターに一つのカクテルを注文する。  マスターは、女性から出たカクテルを意外な表情で受ける。  普段は、絶対に注文をしない物だ。  注文通りに、マスターは普段ならタンカレーで作るのだが、プリマスジンを取り出す。ライムジュースとシュガーシロップを取り出す。  よく冷やしたグラスに、シェイクした液体を注ぐ。 「ギムレット。プリマスで作りました」 「ふふふ。ありがとう。マスター。今日は、私で最後?」 「どうでしょう」 「一杯、付き合ってもらえない?」 「構いませんよ」  マスターは、女性の求めに応じて、もう一杯のギムレットを作成する。最初に作った物は、自分が新しく作った物を女性の前に置いた。 「ありがとう」 「いえ」 「マスター。私・・・。騙されちゃった」 「そうですか」 「優しいのね」 「聞いても、何もできません。なら、聞かないほうが良いと思っているだけです」 「そうね。本当に・・・。そうね。マスター。優しい言葉は、残酷だよ」 「はい」 「・・・。みんな・・・。慰めてくれる。でも、違うの・・・。みんな・・・。騙された、私を・・・。それも、違う。私の被害妄想・・・。わかっている。でもね。優しい言葉を、慰めの言葉を、聞きたいわけじゃない。私は、自分が愚かだと知っている。でもね。あのひとは・・・」  女性は、ギムレットを一気に飲み干す。  女性が飲み干すのを見てから、マスターもギムレットを飲み干す。 「よろしかった。私の真似をしてください」 「え?」  マスターは、女性の横に出てきて、飲み干したカクテルグラスを持った手を上にあげて、そのまま振り下ろした。カクテルグラスを床に叩きつけた。 「・・・」 「どうぞ」 「・・・」  女性は、マスターの視線に促されて、カクテルグラスを床に叩きつけた。  勢いよく割れるグラスの音が、店に響く。 「あなたの想いが、どんな物だったのか、私にはわかりません。でも、私は、あなたの話には、カクテルグラスの価値しか見いだせません。だから、カクテルグラスを割って忘れてしまえばいいと想いました。怒りますか?」 「ふふふ・・・。本当に、マスター。あなたは、優しいですね。わかりました。マスター。カクテルグラスは弁償しません」 「はい。あなたの想い程度なので、弁償して頂きたいとは考えていません」  女性は、流れ出る涙を拭うのを忘れて、笑い始める。  自分が深刻に考えて、この世の終わりだと思っていた。そして、これから自殺を考えていた。その想いを、”カクテルグラス”程度だと言い放つマスターを見て、自分が深刻に考えていたのがおかしく思えてきた。金銭を騙し取られたが、殺されたわけではない。それに、おおきな金額だけど、全財産でもなければ、親の為に貯めていた物でもない。海外に遊びに行こうと思って貯めていた金だ。 「あ、ありがとう。マスター。また来るね」 「はい。お待ちしております」  マスターは、少しだけ芝居がかった態度で、深々と頭を下げる。  女性は、大きく息を吸い込んでから、涙を拭き取って、扉を開けて外に出る。暗くなり始めている街に女性は消えていく。  マスターは、女性が店から出たのを確認してから、表の扉を”CLOSE”にする。そして、女性が二度と店に現れないだろうと・・・。  マスターが店に戻ると、カウンターの奥から二番目の椅子に男が座っていた。 「マスター。グラスは片付けておいたよ」 「助かる」 「それなら、サイレント・サードでも作ってよ」  マスターは、モンキーショルダーを取り出す。他のスコッチウイスキーでもよいとは思っているが、男に出すのなら、モンキーショルダーだろうと考えた。 「あっ氷は取り除かないで」  男は、マスターに注文をつける。氷を排除するために用意した茶こしを下げて、そのまま砕けた氷がカクテルグラスに液体と一緒に注がれる。 「サイレント・サード」 「ふふふ。”人しれぬ恋”氷は、恋の痛みだね」 「ふん」 「痛みは、誰の痛みなのだろうね」 「依頼じゃないのか?」 「依頼だけど、掃除かな・・・」 「どこからの依頼だ?」 「あの子が勤めていた店から、彼女を騙した奴が、二度とこの街に来ないようにしてほしいらしいよ」 「珍しいな」 「うん。どうやら、他の店でもやらかしているみたい」 「そうか・・・」  男は、USBメモリを懐から取り出してマスターにわたす。 「ん?仕事じゃないのだろう?」 「そうだけど、マスターは動くよね?」 「・・・」  マスターは、端末にUSBメモリを差し込む。  ターゲットは、結婚詐欺に近いことを繰り返しているようだ。どこで、調べたのか、同じ系列店には出入りしない。だから、出禁などの情報も回ってこない。黒服同士の情報交換で、犯行が明るみになった。脛に傷を持つ者を狙っている。嗅覚があるのだろう。 「このままだと、動かなくても、来なくなるぞ?もう殆どの系列で、出禁になっているぞ?」 「あぁ最後まで読んで」  マスターは、最後まで資料を読んで、頭を抱えた。 「・・・。両刀か?それも、リバ?」 「そう、ちなみに、逆もOKらしいよ」 「逆?」 「女性に、おしりを・・・」 「わかった。ターゲットが、店の人間だけじゃないのだな」 「そう。上は、客がターゲットになるのを恐れている」  マスターは、そっと男が飲み干したグラスを片付ける。 「わかった」 「ありがとう。マスター。報酬の一部は前払いで貰ってきている」  男は、懐から封筒を取り出して、カウンターにおいた。 「ん?依頼は、組合なのか?」  マスターは、封筒に押された印を見て、”組合”と質問を変えた。 「そう、表の依頼。報酬は、金銭の他に、組合からの情報。情報は、後払い。半年、奴が現れなかったら支払われる」 「わかった。表からなら・・・」 「うん。殺しは駄目。訴えられる可能性は・・・。大丈夫だけど、傷害事件は避けてほしい。半年だけ入院というのもダメ」 「わかった。ネット上に恥ずかしい情報を拡散させる」 「トラウマ?」 「あぁトラウマになるかもしれないけど、自分の容姿や行動に自信があるやつなら、街に近づこうとはしなくなる。そうだ、お前。警官を飼っているよな?」 「いるよ」 「あと、そうだな。薬の手配を頼む」 「薬?違法薬物か?」 「いや、合法だが数を持っていたら、問題視されやすいような物がいい。偽薬でいい。そうだな、媚薬とかなら問題になるだろう」 「わかった」  マスターから簡単に作戦を聞いて、準備をすすめる。  ターゲットが罠にハマったと連絡が入った。マスターは、決めていた者たちに連絡をする。簡単に言えば、少しだけ裏世界に足を突っ込んでいるインフルエンサーたちだ。少しだけダークなネタは大好物な奴らだ。  そして、街に来る前に立ち寄るカフェで、ターゲットには十分な利尿剤が入ったドリンクをサービスしてある。  今頃、尿意と戦いながら、職質を受けている。  繁華街の入り口だ。人通りも多い。そして、TVの影響で違法薬物を持っているのかと思われる。遠慮なく、スマホで撮影を始める通行人たち、自分たちが同じ目に合わないとわからないのだろう。ターゲットが逃げ出そうとするときに、バッグに”媚薬”を大量に忍び込ませる。  そして、逃げようとした(ターゲット視点ではトイレに行きたいだけ)ターゲットのバッグがひっくり返る。本来の職質では発生しない事案だけど、それはそれだ。そして、白い錠剤が地面に散らばるのを見て、オーディエンスの期待は上がる。やっぱり、薬・・・。違法薬物なのだと、非日常を楽しむ気持ちになってくる。群衆が、ターゲットと警官を取り囲むようになる。  警官の一人が、白い錠剤が入った薬袋(やくたい)を拾い上げる。男に、これはなんだと問い詰めるときには、群衆の期待はマックスになる。  警官が強めの口調で、ターゲットを問い詰める。  周りからの視線も感じている。尿意も限界。スマホのカメラを向けられているのは認識している。バッグの中には、ターゲットが新しく騙そうと思っている獲物の情報が入ったメモ表がある。  ターゲットは、その場で・・・。  そして、警官が薬袋(やくたい)と股間を濡らしたターゲットを立たせて、応援で駆けつけた警官が、薬が媚薬と言って売られている偽薬であると暴露する。次は、ターゲットが大量の偽薬を持っていた理由を聞くために、警察に連れて行かれるまで、群衆は撮影し続けて、SNSや動画サイトで共有した。  そして、顔が知られた男は、繁華街から姿を消し、二度と近づこうとはしなくなった。
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