第四章 リブート

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第三話 エッグノッグ  バーシオンの開店の時間ちょうどに、男が店に入ってきた。 「マスター!」  カウンターに座った男は、マスターの返事を待たずに懐からUSBカードを取り出す。 「ん?」 「時間があるでしょ?確認して」 「わかった」 「クローズにしていいよね?」 「あぁお前が補填してくれるのだろう?」 「それは・・・」  マスターが男を睨む。 「怖い。怖い。ひとまず、中を確認して、それからでも遅くないと思うよ?」 「わかった」  マスターは、店の奥にある事務所スペースに置いてあるパソコンで、USBカードの中身を確認する。  新聞の切り抜きが張られたPDFを読み込んでいく、古い新聞だと昭和58年の記事だ。  最初の記事では、男性が車の事故で死亡したと報じられている。事故死として処理されている。  2年後の昭和60年の記事で、男性が海水浴中の事故で死亡と書かれた記事だ。  2~3年間隔で、合計で成人男性が5名、成人女性が7名の事故死の記事が掲載されている。  全てが事故死として処理されている。  記事が出ている時点で、警察が”事故死”と判断している。不審な所が何も無いか、何かしらの力が働いている可能性を感じさせられる。  次のPDFには、死亡した12名の男女の関係が”家系図”で書かれている。  家系図の中で生き残っているのが、現在の家長である男性と、男性の孫にあたる女性と、女性の子供だ。もう一人、家長の弟の子供である男性が生き残っている。女性は、現在41歳。子供は、16歳だと補足が書かれている。  そして、最後のPDFには、現在女性が集中治療室に入っている状況が綴られている。  女性が死ぬと、少女に遺産の相続権が移動する。  家長である男性が持つ膨大な資産の相続権だ。  マスターは資料の確認を終えて、店舗に戻る。USBカードを男に投げ返す。 「それで?」 「依頼人は、家長。内容は、少女をリブートで匿って欲しい。期限は、家長が死亡するまで・・・。死亡を偽装して欲しい」  男は、3cmはあるだろう封筒をカウンターに置いた。  マスターは、その中から5枚だけ抜き出して、封筒を男に返す。 「マスター?」 「松原さん。一部では、ジャンヌダルクと呼ばれているらしいな」 「そうだね。ヴァルキリーとも、ナイチンゲールとも、いろいろな異名がついているみたいだよ」 「彼女に渡してくれ・・・。クズはどうする?」  マスターは抜き取った5枚の紙幣を、店の”チャージボックス”の奥にしまう。  マスターの行動を想像していた男は、マスターから返された封筒を受け取って、胸ポケットにしまった。 「そっちは、警察に任せる。少女の事故が発覚した時点で、警察とマスコミに情報が流れる」 「いいのか?」  リブートが立ち上がってから、マスターは一歩踏み込んだ作業を行うようになっている。 「家長からのお願いだからね。それに、母親は・・・」 「助からないか?」  PDFの資料からは、女性が集中治療室に入っていることは書かれていたが、”原因”は書かれていなかった。  マスターは、事件性があったと想像している。実際に、母親は仕事からの帰り道に、後頭部を殴られて昏睡した状態で見つかっている。金品を奪った痕跡がなく、警察は事件・事故の両面で捜査を開始している。事件性が疑われる状況なのに、警察の動きが鈍い。何らかの力が働いているのは、他の事件からも窺える。 「うん」  男は、マスターの目をまっすぐに見ながらマスターの質問を肯定する。 「そうか・・・」  マスターは、手元のグラスに視線を落とした。  グラスを持ち上げて、床に叩きつける。 「マスター」 「なんだ?」 「一度、店を出るけど、1時間後に戻ってくるけど大丈夫?」 「大丈夫だ。何か飲むか?」 「僕は、いいよ。一緒に、老人と少女が来る。少女には、ノンアルコールで何か作ってよ。温かい物がいいかな?老人には、ブランデーを使った物がいいかな?」 「わかった」  男が、店から出て行った。  マスターは、カクテルの準備を始める。  時間は十分にある。  きっちり、一時間後に店の扉が開けられた。  男が、見た目は60代の半ばくらいの男性と、少女から女性に変わろうとしているくらいの年齢の女性を伴って入ってきた。  男性も少女も、何も言わずに、カウンターの中央の席に座る。  男は、いつもの指定席になっている。入口近くの席に腰を降ろす。 「いらっしゃいませ。卵と牛乳とナツメグは大丈夫ですか?」  マスターの問いかけに、二人は黙って頷いた。 「ありがとうございます」  少女は、店の雰囲気に飲まれているが、男性は経験があるのだろう。落ち着いて、マスターの手元を見ている。 「マスター。ブランデーは、VSOはあるか?」 「ございます」 「一杯もらえるか?」 「はい。アルマニャックですがよろしいですか?」 「ボルドーか?」 「はい。VSOは、アルマニャックだけです」 「かまわない。それから、マスターが作ろうとしているカクテルにも、同じ物を使ってくれ」 「かしこまりました。味を考えれば、コニャックのVSOPもあります?カルヴァドスも合います」 「いや、今日は曾孫と飲む最初で最後のチャンスかもしれない。曾孫の産まれた年に作られたブランデーで頼む」  マスターは、棚から16年前に作られたアルマニャックを取り出す。 「おじい様・・・」 「かしこまりました。飲み方は?」 「ストレートで頼む」  マスターは、男性の前に、棚から取り出したボトルを置いて、確認して貰ってから、コップに注ぐ。  チェイサーを用意して、男性の前に差し出す。  コースターの上だが、”タン”とグラスがカウンターを叩く音が店に響く。  男性は、カップを持ち上げて、店の証明に掲げる。  少女は、男性の動作を見逃さないように、しっかりと両方の目で見ている。  目には、涙の跡がしっかりと残されている。  マスターは、男性がグラスに口をつけるのを確認してから、カクテルを作り出す。  ボウルに卵黄と砂糖を入れて、ハンドミキサーで泡立てる。  牛乳を沸騰直前まで温めてから、カップに1:2になるように注ぎ入れる。ナツメグを振りかけてから、少女の前に置いた。 「エッグノッグです。熱いので、ゆっくりお飲みください。アルコールは入っておりません」  少女は、少しだけ驚いた表情をしてから、カップを持ち上げた。 「・・・。おいしい」 「ありがとうございます」  マスターは、今度は卵黄とシュガー・シロップとラーク・ラムをシェイカーに入れる。男性の前に置いてあったアルマニャックを注いでから、シェイクする。  マスターの動きを少女は目で追っている。  氷を入れたタンブラーに液体を注いでから牛乳で満たす。  軽くステアして、男性の前に置いた。 「ブランデー・エッグノッグです。アルマニャックで作りました」 「あぁ」  男性は、グラスを持ち上げてから、自分の頭よりも高い位置に持っていってから、グラスに向って頭を下げる。 「・・・。マスター。この子を頼む」 「この店は、バーです。そして、私は、バーテンダーです」 「そうだな。それでも、何かに縋りたいと思う気持ちは受け取ってくれ」 「わかりました」 「ねぇマスター。そのカクテルにも意味があるよね?」  男が話に割り込んでくる。 「ッチ」  マスターは、男の言葉に舌打ちで返す。 「ははは。マスター。この子に、教えて上げて欲しい」  男性は、面白そうに二人を見てから、少女の肩に手を置いて、マスターに教えて欲しいと伝えてきた。 「わかりました」  マスターは、男性の求めに応じる形で、少女にカクテル言葉を告げる。 「貴女にお出ししたカクテルは、”エッグノッグ”です。カクテル言葉は、”守護”。そして、貴方にお出しした”ブランデー・エッグノッグ”のカクテル言葉は”出会った二人”です。どうぞ、お楽しみください」  マスターの言葉に少女は驚いた表情を浮かべる。 「同じ材料で、同じ名前なのに・・・」 「そうです。そして、エッグノッグは・・・」  マスターは、少女にエッグノッグの由来を伝える。 「・・・。同じ・・・。親戚なのに・・・。違うのですね」 「はい」  少女は、何かを考えてから、残ったカクテルを流し込んだ。 「ありがとうございます。美味しかったです。アルコールが入っていないカクテルもあるのですね」 「そうですね。他にもありますので、また、おじい様とご一緒に来てください。その時に、ごちそう致します」  少女は、驚いた表情でマスターを見てから、潤んだ目で男性を見た。  男性は、少女の頭に手を置いて・・・。 「そうだな。落ち着いたら、また来よう。その時には・・・。マスター。また来る」 「はい。お待ちしております」  男性が立ち上がった。  身体が弱っている印象はないが、余命宣告を受けている。気力だけで、立ち上がって、気力だけで動いている。少女もマスターも男も、解っている。  それでも、マスターは”お待ちしております”と告げて、男性と少女を送り出す。 ---  数日後の新聞に、16歳の少女が交通事故にあったという小さなニュースが流れた。  少女の自宅から、毒物入りの食べ物が見つかり、事件性が疑われる自体に発展した。食べ物を送った人物に疑いの目が集中する。  そして、少女の母親だけではなく、父親や親戚が事故死している件がマスコミによって報道された。  推定資産額が数千億を越える巨大企業の創業者一族に起こった悲劇は、マスコミの格好のターゲットになった。  そして、報道から数か月後に、生き残っていた男が警察の事情聴取を受けた。  そのまま、逮捕となった。罪状は、”殺人における教唆の罪”。少女の母親を襲った者が捕まり、男から依頼されたと証言した。 ---  創業者が、病院のベッドで横になっている。  その枕元には、港町にある施設で、友達と思われる子供たちと一緒に笑っている一人の少女の写真が飾られていた。
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