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第四話 ブロンクス
バーシオンは、珍しく予約が入っている。
「マスター。ありがとう」
男が店に入ってきて、マスターに”ありがとう”と伝える。
「二次会だと聞いたが?人数は?」
「予約の通りだよ」
「わかった。全部、お前が持つのでいいのだよな?」
「え?そんな事になっているの?」
「あぁ予約の時に、”常連の男が支払いをする”と聞いたぞ?」
「え?え?ちょっと・・・。まぁデポジットはまだあるよね?」
「大丈夫だ」
男は、定位置のドアの近くではなく、RESERVE席の隣に腰を降ろす。
RESERVE席には、誰も座らないように、男が荷物を置いている。
「マスター。ゴメン」
「ん?きにするな」
「この時間にやっている店が無くて・・・」
「だろうな?早い式だったのだな」
「うん。朝から昼過ぎまで・・・。眠いよ。マスター。夜に、”ブロンクス”を二つ用意できる?」
男が指定する”夜”は、バーシオンの”夜”だ。今回は、朝方の意味で使っている。
「仕事か?」
「うーん。僕たちとしては、断るつもりだけど、上が・・・」
男が、指で天井を指し示す仕草をする。
「”ブロンクス”でいいのだな?」
「うん。彼らには丁度いい。資料は・・・」
男は、マスターが置いたコースターを見る。
裏にSDカードを張り付けている。
「わかった」
マスターが男からコースターを受け取ると、店のドアが開けられた。
「健吾!わかりにくい地図だぞ。それに、この店もホームページもないなんて・・・」
「悪い」「いらっしゃいませ」
マスターと男が、同時に別々に応える。
バーシオンでの二次会が開始された。
男は、サポートに回って、マスターに注文を通している。
マスターは、忙しくても注文に従ってカクテルを作る。
フードは作っている暇が無いので、持ち込んでもらっている。
忙しい2時間が過ぎた。
周りの店が開き始める時間になり、バーシオンでの二次会は終了した。
男は、三次会には参加をしない。皆が店を出たのを確認してから、定位置に座った。
「マスター。ありがとう」
「大丈夫だ」
「でも、かなり珍しいボトルも開けてくれたよね?」
「あぁお前が払うのだろう?」
「え?あっ・・・。うん。友達価格でお願い」
「わかった。引いておく、あと、酒屋に連絡を頼む。山崎の25年が欲しい」
「え?ちょっと待って、マスター。本当に?本気?25年?20万はするよね?え?え?」
「気にするな。今日の、代金だと思えば安いだろう?」
「そうだけど・・・。いや、違うよね。マスター?本気?」
---
マスターは、男から渡された資料を広げた。
夫婦で地方に移住をして、古民家を改装して、カフェを営む。セカンドライフとしてはポピュラーな選択肢だ。地方も都会からの移住が増えれば、税収が増えることもあり、win-winな関係だ。
うまく回っている間は・・・。
歯車が一つでも狂えば、”正義”のぶつかり合いになってしまう。
苦労の連続だったが、SNSを駆使して、客がカフェ目当てで足を運ぶようになる。
そうなると、地方のマスコミが取り上げる。
マスコミに取り上げられた事で、客足が伸びる。
県外からの客もカフェ目当てで訪れることになる。
しかし、地方には地方のルールがあり、暗黙のルールを破った事で、地域のコミュニティーから外されることが多くなる。
カフェとしては回るので、大きな問題ではないと考えて対処を怠った。
地方に住んでいる人なら解る最低限のコミュニケーションを怠った。
元々が小さな集落だ。その中で孤立するのが、大変なことなのか知っては居たが理解は出来ていなかった。
行政でも、地域の顔役には指導は難しい。
夫婦は、行政からの依頼だと顔役に理解を求めたが、遅かった。
立ち退き命令が下される事態になってしまった。
夫婦は、弁護士を立てて行政と顔役に、撤回を求めた。
始発が動き出した時間になり、バーシオンの営業時間が終了した。
男が、一人でやってきた。
「どうした?」
「彼等は来ない」
「そうか・・・」
「事情は聞かないの?」
「来ないのなら、聞いても意味がない。これからも絡まないのだろう?」
「そうだね。もう、来ないよ」
「わかった」
「マスター。ブロンクスを作ってよ」
「そうだな。山崎25年が3本あるらしい」
「え?3本?本当?」
「あぁ手付は払った。後は頼む」
「手付って、1割だよね?え?残り?50万?無理。無理。安月給だよ?無理だよ」
「大丈夫だ」
マスターは、シェイカーを取り出す。
磨いて、冷やしてあるカクテルグラスを取り出す。
シェイカーに氷を入れて、しっかりと冷えたのを確認してから、氷を入れ替える。
ジン:ドライベルモット:スイートベルモット:オレンジジュースを、3:1:1:1の割合でシェイカーに注ぐ。
シェイカーを持ち上げて、しっかりと一つの液体になるようにシェイクする。
カクテルグラスに注いで、男の前に出す。
「ブロンクス」
「”まやかし”。彼にはぴったりなカクテルだったのに・・・。残念だ」
「彼?夫婦ではないのか?」
「妻は夫に騙されていた。今、そっちで揉めだしているよ」
「そうか・・・。リブート案件か?」
「どうだろう?そこまで愚かだとは思いたくないけど、可能性はあるかな?」
「わかった。連絡を入れておく」
「ありがとう」
男が、騙りだした顛末は、マスターの想像を軽々越えていた。
マスターは資料を読んだ時に感じたのは、田舎特有の文化に都会育ちの夫婦が対処を間違えた結果だと考えた。
大きな括りは、マスターの想像した通りだった。
しかし、それだけではなかった。
旦那は、営業許可が出ていない状態で、カフェをオープンさせた。妻には、営業許可を取り付けたと嘘の説明をしていた。
それだけではなく、不正行為一歩手前のオンパレードだった。
特に、カフェが回り始めてから、県外からの客が増えた。
県外から来るには、車を使う方法しかない。その為に、駐車場が必要になる。元々は、古民家だ。2-3台なら駐車は可能だが、それ以上だと近隣に理由を説明して確保しなければならない。
しかし、旦那はプライドが邪魔して周りに頭を下げなかった。
その結果、近隣の道路に違法駐車が横行するようになった。
他にも地元の食材を使っているとメニューに書かれているメニューには地元で仕入れた食材が使われていなかった。
行政とのやり取りも旦那が行っていると説明していたのだが、実際には連絡を無視していただけだ。
最後には、違法駐車や近隣の畑の被害を顔役が注意するために店に訪れた時に、旦那は田舎の”いじめ”だと客前で自分たちの不正を伏せた状態で説明した。それを、県外から来ていた客は信じた。SNSで客を呼び込んだカフェだ。客もSNSを使っている。
構図として、田舎の顔役が都会から田舎の為にやってきて成功した夫婦を追い出そうとしているように見えた。
男たちにヘルプが上がってきたのは、このタイミングだ。
行政を黙らせてほしいという依頼だ。もちろん、組織にそんな力はないが、行政とのやり取りで話し合いの場を作る事はできる。
組織が提案した方法で、物事が進んだ。
その結果、夫婦の過失が多く暴かれてしまった。書類が残されていないのも心象が悪かった。
マスターの関与は、夫婦が行っていたカフェのサポートだったのだが、必要がなくなった。
事情を知らないで拡散して、夫婦が正しく、行政と顔役が悪だとしてしまった風潮は消えない。
男から追加の依頼として、デジタルタトゥーを和らげることをマスターに依頼した。顔役からの依頼になるのだが、マスターは依頼を拒否した。デジタルタトゥーを消すのは不可能に近い。その為に、行政側でしっかりとした情報を時系列でまとめて提示するしかないとアドバイスするに留めた。
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