第二章 リニューアル

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第二章 リニューアル

第一話 再開  タンブラーに入った茶色の液体を喉に流し込みながら女性は、バーテンダーを見ている。  最後の一口を含んでから、ウィスキーの味を感じながら呑み込む。 「マスター。もう一杯」 「同じ物で?」 「うん。カウボーイをお願い」  マスターは、テーブルに磨かれたタンブラーを置いて、氷を入れる。そこに、アーリータイムズを45ml注ぎ込む。そこに、ミルクを105ml注いで、砂糖を小さじに1杯入れる。軽くビルドをする。ミルクが落ち着いたのを確認してから、ナツメグを振りかける。 「カウボーイ。『今宵もあなたを思う』」  女性は、置かれたタンブラーを見つめる。 「ねぇマスター」 「はい」 「この店は、夜にやらないの?」 「夜は、私の時間ではないので・・・」 「え?」 「夜にこの街を訪れるのは、夜で疲れを癒やす人たちです。私の店は、夜に疲れた人のために、夜を隠す為の店です」 「・・・。そうね。私たちが、癒やされる場所。ありがとう」  女性は、最後に残ったカウボーイを飲み干した。 「マスター」  女性は、財布を取り出してマスターに尋ねる。 「大丈夫ですよ」  マスターは、棚を確認して、”大丈夫”と答える。  女性は、マスターの返答を聞いてから、財布を戻す。 「そう・・・。また、来るね」 「お待ちしております」  女性が、ドアを開けて薄暗い廊下に出る。  廊下を歩く音から、階段を上がる音に変わる。マスターは、店の中を見回して、時計を確認する。  マスターの心変わりと、客からの要望が有って、バーシオンの営業時間は、始発の時間から、昼過ぎまでに変更された。  閉店には少しだけ早いが、マスターは看板の”火”を落とした。暗かった廊下は、看板が消えたことで、闇に飲み込まれたようになる。自動的にシャッターが閉まる音がする。最近導入された仕組みだが、最後の店が閉店になると自然とシャッターが降りる。従業員用の階段は別にあり、裏口から出ることができる。 「マスター」  裏口から、1人の男が入ってきた。 「来たのか?」 「マスターに会いに来たよ」 「それで?」 「マスター。冷たいな。僕が、こんなに、マスターを愛しているのに・・・。アレキサンダーをシェリーでももらおうかな?」 「・・・」  マスターは、カウンターに戻って、シェリーブランデーを取り出す。シェーカーに、ブランデーとココアクリームとミルククリームを等量注いで、氷を入れる。小気味がいいリズムでシェイクする。カクテル・グラスを取り出して、シナモン・スティックを添える。グラスに、アレキサンダーを注いで、シナモン・パウダーを振りかける。 「ブランデー・アレキサンダー」 「”初恋の思い出”。僕たちにぴったりだと思わない?」 「それで?」  男は、出されたアレキサンダーを一気に飲み干してから、マスターに持ってきた書類を渡す。  マスターはパラパラと書類をめくってから、磨かれたグラスを取り出して、氷を入れて水を注ぐ。軽くステアをしてから、男の前に置いた。 「ありがとう。ビールでももらおうかと思ったところだよ」 「ここでは、チェイサーは水かトマトジュースかオレンジジュースだ」 「緑茶はないの?」 「ない。まだ新茶のシーズンじゃない」 「ふーん。まぁいいよ。それで?受けてくれる?」  マスターは、読み込んでいた資料を男の前に投げる。手を出して、追加の情報をよこせと催促する。 「ありがとう。これは、マスターに受けてもらいたかった」 「礼は必要ない。仕事だ」 「断ってくれても・・・」 「心配は不要だ」  マスターは、バーの名前になっている、ドライフラワーの”紫苑”を見る。  男は、”紫苑”の意味も、マスターの過去も、そして、今まで飾ってあった写真が無くなっていることも・・・。その理由も知っている。しかし、口に出すことはない。 「後始末は、先生が別の者を手配している」 「わかった」  マスターは、渡されたSDカードを端末に差し込んでいる。  先程の資料と同じ物もあるが、それ以外の資料を開いて読み込んでいく。  男は、チェイサーを飲み干して、コースターに濡れたグラスを置く。  端末で資料を読み込んでいるマスターを黙って見ている。  男の視線に気がついたマスターが、端末から目を離す。 「どうした?」 「いや、マスターを見ていただけ」 「そうか?それで、後始末までの時間は?」 「書いてなかった?」 「あぁ」 「そう・・・。3日かな」 「わかった。明日には、動く。でも、いいのか?テクノクラートじゃないのか?」 「問題はない。奴らは、やりすぎた。被害も出ている」 「そうだな」  マスターは、資料に目を落とす。  そこには、加害者が主催したパーティーで拉致されて乱暴された女性たちの名前が列挙されていた。一部には”自殺”と書かれていた。 「依頼は?」 「自殺した被害者の家族と、上だ」 「上?あぁそうか、どっちだ?」 「筋だ」 「わかった」 「必要な物は言ってくれ、準備する」 「彼らには、彼らが行ったのと同じ苦痛を与えたほうがいいだろう?」 「マスターに任せる。それに、明日には・・・」  マスターが見ているしりょうには、明日発売の週刊誌の中吊り広告に使われるのだろうゲラがある。  『堕ちたエリート官僚。日々合コンパーティー。女性を拉致監禁し、乱交パーティー』  『エリート官僚に広がる薬物汚染』  記事では、名前までは出していないのだが、写真で省庁が特定できる。その上、入省年度などの情報も書かれていて、見る人が見ればわかってしまう内容になっている。続報として、被害女性や薬物の売人の話が載せられることを匂わせている。 「逃げそうな場所は?」 「先生が手を廻している。伊豆の別荘に向かうように仕向けている」 「大丈夫なのか?」 「誰も別荘に、”来なかった”ことになる」 「え?先生が、別荘に居るのか?」 「俺たちは、止めたのだけど・・・。先生が、マスターは仕事が初めてだからと言って・・・」 「わかった。別荘に入る前に仕掛ける」 「先生は、気にするなと言っていたけど・・・」 「わかっている」  マスターは、男がなにかを聞いかけたのを手で制する。  ライムを取り出して1/4にカットする。ブラウンシュガーと一緒にグラスに入れて、マッシャーで潰し始める。ミントを追加で入れて軽く潰す。  氷とラムと炭酸水を順番に入れて、軽くステアをする。  一人前のカクテルを3つのグラスに注ぎ分ける。 「モヒートだね」 「”心の渇きをいやして”」 「マスターの心を満たすのは難しいな」  二人は、中央を残して、グラスを頭の上まで持ち上げる。 『献杯』  モヒートを一気に流し込む。  持ち上げたのと反対側に、グラスを置く。男は、グラスを置いてから立ち上がって、裏口から店を出る。  残されたマスターは、渡された資料を頭に叩き込んでから、削除する。  控室になっている部屋に戻って、端末を立ち上げて、今回の仕事に必要な物品の手配を行う。盗難車を2台と、遠隔で発火できる装置を一組。林道は、私有地だと言ってもあまり派手には出来ない。  一台で前を塞いで、追い立ててあげれば、逃げるように罠にハマるだろう。自分たちが賢いと思っている人間ほど、追い込まれると単調な思考になってしまう。 --- 「おい!本当なのか?」 「本当だ!親父から情報が回ってきた!明日、発売の週刊誌に記事が出る」 「止められなかったのか!」 「無理だ。週刊誌の記事を止める弾は打ち尽くした。それに、あの週刊誌は、ボツ記事をネットに載せるから圧力はあまり意味がない!」 「幹事長たちがやられたやつか?」 「そうだ。雑誌の記事なのに、ネットに流出したように演出された記事だ」 「くそ!どうして!俺たちは、選ばれた者たちだぞ!」 「大丈夫だ。俺の知人から、隠れ場所を手配してもらった」 「誰だ!大丈夫だろうな!」 「大丈夫だ。曙橋のご老人の話は聞いたことがあるだろう?」 「先生と呼ばれている人か?」 「そうだ!あの人の別荘が借りられた」 「本当か?」 「あぁこの車も足がつかないようになっている。俺たちは、何もしていない。そうだろう?」 ---  翌日、週刊誌が発売されると、マスコミがこぞって取り上げる。  国会でも問題となったが、当該人物の行方がわからない。宿舎から出た記憶が無いのに、不在となっている。自宅からも出た記憶がない。5人の関係者の行方は誰にもわからなくなってしまった。  マスコミが取材を始めた翌々日、週刊誌の発売から3日後に、5人の男は都内のホテルで全員が裸の状態で見つかる。  大量のアルコールと大量の薬を接種した中毒死と判断された。  翌日、5人のテクノクラートたちが犯した犯罪行為の被害者の家に、一枚のBDが届けられた。
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