ミステリ作家と編集の会話

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ミステリ作家と編集の会話

「というわけで、今後、先生の担当は僕がさせて頂きます。どうぞよろしくお願いします」 「そうなのかい? 前の担当さんはどうしちゃったの?」 「それが……先生と取材旅行へ行った後、失踪してしまいまして」 「それは心配だね」 「お恥ずかしいことに、うちの会社、かなりブラックなんでそう珍しいことでもないんです。……それはそうと、先生。引継ぎのご挨拶早々に申し訳ないのですが、プロットを提出して頂けませんか」 「うーん……」 「頼みますよ。手ぶらで帰ったら編集長にまた何て言われるか……。あの人、もともと暴言がひどかったけど、最近は殴ったり物投げたりしてくるようになって、ノイローゼになりそうなんです。先生はいつもサクっとプロット出してくれるって聞いてますけど。今回はどうしちゃったんですか?」 「いやね、それが、すごい発見をしたんだ。今まで前例のない、とびきりすごい毒殺の仕方」 「お、いいじゃないですか! じゃあそのネタで書きましょうよ」 「それが、あまりに単純すぎて、小説にするにはどうも都合が悪くて……」 「もう、まどろっこしいな、どんな方法なんですか? いいから教えてくださいよ」 「まぁ、君がそういうなら。まず相手に塩化ナトリウムを二グラム飲ませる」 「ふむふむ」 「それから三時間後に、酢酸を小さじ一杯飲ませる」 「…………はぁ」 「そして仕上げに、五時間後に青酸カリを一グラム飲ませ……君、何でそんなに怒っているんだい?」 「青酸カリなんか飲ませたら誰でも死ぬに決まってるでしょうが! 一体何が前例のない毒殺の仕方ですか。大体、酢酸だの塩化ナトリムだの、ちょっと堅苦しい言い方してますけど、つまりお酢とお塩のことでしょう? 真面目に聞いて損した」 「話は最後まで聞いてくれ! だから、そこがミソなんだ。その普通の調味料をこの特定のタイミングで摂取した後に青酸カリを与えると、なぜか青酸カリの毒が効くのが大幅に遅れる」 「……は?」 「このトリックのポイントは、ここだ。不審な死を遂げた被害者は、当然検死にまわされる。その結果、青酸カリが死因だと判明する。本来摂取してから数分で死に至るはずの猛毒だ。警察は当然、死の直前にどうやって青酸カリを摂取されられたのかを焦点にするだろう。だか今回の犯人はそれでは捕まらない。犯人が被害者に青酸カリを与えたのは、なんと十時間前だからだ!」 「………………」 「どうした、反応が薄いな」 「いや……設定としては面白いと思いますけど、そんな都合の良い話を種明かしされて、読者が納得すると思います?」 「やっぱりそこだよな。でもこれ、事実なんだぜ。せっかくこんなすごい発見をしたのに、ネタとして使えないのはミステリ作家としていは惜しくてなぁ」 「…………え」 「このネタで書くなら、十時間も前の食事に混ぜられていた青酸カリに、どうやって探偵が気づいたかというのを、この話のポイントにしようと思っていて、」 「ちょ、ちょっと待ってください。それ、本当の話なんですか?」 「そうだよ。だから、今まで誰にも発見されたことのない、とびきりすごい毒殺の仕方を発見した、と言ったんだ。」 「よく、そんなこと発見しましたね」 「まぁ、偶然の積み重ねでな」 「……そのネタ、もちろんまだ誰にも言っていないんですよね?」 「ん? あぁ、すごい発見だとは思うんだが、推理小説のトリックにするには、君が言うように読者が納得しない気がしてなぁ……おい、さっきから君の携帯、ずっと鳴ってないか? 取らなくていいのか?」 「どうせ編集長からですし、もういいんです。それより、ずっと話しっぱなしで喉乾きませんか? よかったらコーヒー淹れてきましょうか?」 「お、気が利くね。じゃあ、お願いしようかな」 「いえ、こちらこそ本当にありがとうございました。ミルクは入れます?」 「そうだな、ちょっと疲れたから今日は砂糖も入れてもらおうかな」 「はい、分かりました」 嘘をついているのは一人だけです。嘘をついているのはどちらでしょうか? 次のページに回答編があります。
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