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「大丈夫に決まっているでしょう。伊達に二十年もスケートやってない。逆境なんていつものことよ。そのためのメンタルトレーニングだし。アンジェラの言いつけ通り、メディアもSNSも見てないよ。どうせ、ろくなことを言われていないのは知ってる」
早口の英語で捲し立てる。廊下に立っていたグラマラス体形の女性コーチは、呆気にとられたように目を見張って――目元に険を滲ませた。
「ミズキ。自棄になるのはやめなさい」
「は? なってないよ。打ち合わせの時間に遅れたから怒ってるの? だったら、ごめん。心配ない。少しうとうとしていただけ」
「落ち着いて。まだ明日があるじゃない」
私は落ち着いている。そう言い返そうとして、口は別の言葉を叫んでいた。
「明日なんてない!」
アンジェラの青い瞳に映る私は、血走った眼をしていた。不細工だ。全然綺麗じゃない。綺麗じゃない私が、氷の舞台で輝ける明日は来るのか?
アンジェラが瞬きをする。不細工な私が、青褪めた目蓋に隠される。瞳を開いたアンジェラは、手にしていたスマートフォンを突き出した。
「電話よ。日本から」
「え?」
「ユカ・ミズカワがあなたと話したいって」
聞き間違いかと思った。だが、尋ね返す前に、アンジェラはスマートフォンを私の手に押しつけてしまった。「調整ルームで待ってる」そう言い残して、あっさりと背を向ける。
一人廊下に取り残された私は、手の中に残った冷たい電子機器をぼんやりと見下ろした。画面は通話中のまま。与えられた部屋に戻ると、スマートフォンをのろのろと耳に当てる。
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