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「ねえ、ミズキちゃん。フィギュアスケートは、孤独なスポーツだね。走ったり、泳いだりするのと違って、タイムで競うわけでもない。氷上で一番美しいものが勝つの」
「一番、美しいもの……」
「そう。でも、スポーツの根幹はそこにあるの。一番足が速い選手も、一番泳ぎが速い選手も美しいの。強い者は美しい。圧倒的な美しさを前にするとね、人はもう笑うしかないのよ」
擦り切れるまで見た水川友花のスケートを脳裏に描く。ジャンプが、スピンが。断片で切り取った映像に何がわかる。水川友花のスケートは、始めから終わりまで、ただ美しい。
水川友花の伝説のフリープログラム。暢気に笑っていた日本人はあんただけよ。
母親の言葉が蘇る。そんなことないよ、お母さん。あの瞬間、日本中が、世界中が笑っていたはずだ。
「花咲瑞希の演技は美しい。あなたは本気で勝負できる美しさをもっている。明日は思いっきり輝いておいで」
我慢していたものが、とうとう熱く頬を滑った。泣くな。よけい不細工になる。腫れた目蓋を世界中に中継されてはたまらない。早く泣き止まなきゃ。
そう頭ではわかっているのに、手放しでおいおいと泣くことしかできない私をまたもや置いてきぼりにし、水川友花は優しい笑い声を鳴らしていた。
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