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スノードロップ
「花言葉なんて無ければよかったのにね」
春原はノートに英文を書き並べながら言った。流れるような筆記体が罫線の上を走っていく。
「たとえばスノードロップって花があるんだけど、城元くん知ってる?」
「知らない」
「花屋でバイトしてるのに?」
「当店では取り扱っておりません」
「無愛想な店員だなあ。……あ、これこれ」
彼女はスマートフォンを取り出して数回タップすると僕に向けた。その画面には下向きに開いた小さな白い花が映っている。
僕はパックのコーヒー牛乳をストローで吸った。
「へえ、かわいい」
「だよね。でもスノードロップの花言葉って『あなたの死を望みます』なんだよ」
「犯行予告かよ」
「でしょ。間違ってもプレゼントしちゃダメな花なんだって」
ひどいよね、と嘆きながら彼女はスマホを鞄にしまう。そして脇に置いていたペンを持ち直した。
「花言葉はその花の一生を決めちゃうんだ。前向きなら人気者、後ろ向きなら嫌われ者。その花がどんなに綺麗に咲いてもね」
ズゾ、と不細工な音を立ててストローが空気を吸う。
「勝手に想いを託された花の気持ちにもなってよ」
彼女は再び英文を並べ始めた。
僕は空になったパックを机に置いて、すらすらと増えていくアルファベットを目で追いかける。
「自分の生き方は自分で決めていいはずなんだ。誰かに決められたくなんかない」
ああ。何をそんなに憤っているのかと思ったら。
自分と重ねていたのか。
「まあ、花の気持ちはわからないもんだからさ」
「花屋でバイトしてるのに?」
「バイトリーダーでも無理だよ」
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